連載
ごめん。
第十三話 しゃぼん玉(最終回) 加藤 元 Gen Kato

     一

 四月末の土曜日、雲ひとつない青空。大型連休の到来だ。
 マンションを一歩出たところで、吉本佑理(よしもとゆり)の眼の前を、しゃぼん玉がひとつ、ふわふわと横切って行った。
 学校の制服を扱っている佑理の職場では、春の繁忙期がようやく終わってひと息ついたところである。といっても、カレンダーどおりにしか休日は取れない。連休が明ければすぐに夏服の販売、またしてもてんてこ舞いの毎日がはじまるのだ。佑理は生来、読書好きで運動嫌いの出不精。休みには一日じゅうマンションの部屋でのんびりごろごろしていたい。それでこそ勤めのつらさ苦しさにも耐え忍ぶ英気を養えるというもの。だから、ゴールデンウィークの予定はほとんど埋めていなかった。友人の西浦雛子(にしうらひなこ)が引っ越しをしたので、新居を訪ねる。それ以外は白紙である。そう、それでいいのだ。それは毎年のことだ。
 けれど、今年は?
 今年は去年までとはちょっと違うはずではなかったか?

 電話はかかって来ない。メッセージも来ない。

     *

「迷った?」
 玄関のドアを開けた雛子は、満面の笑みで訊いた。
「ちょっとだけね」
 佑理は笑いを返す。実のところちょっとじゃない。けっこう迷った。雛子が教えてくれた道筋はきわめて簡潔だった。最寄りはJRのK駅。東口の改札を出て、駅前の商店街を直進。二つめの角を右折、しばらく行って左折。
「わたしが言ったとおりだったでしょう、道?」
「確かにそうだけど、最初の直進が想像以上に長かった」
 そのうえ、右へ曲がったら、かなり急な上り坂がカーブを描きつつ続いていた。こんな展開は聞いていない。雛子の指示のまま「しばらく行」くあいだ、本当に正しい道を歩いているのか、幾度も不安にさせられたのである。
「今日は、旦那さんはお留守?」
「趣味の仲間とお出かけ。帰りはどうせ遅いから、ゆっくりしていってよ」
 雛子は奥へ向かって歩き出す。靴を脱いで佑理は後を追った。廊下は短く、すぐに広々としたリビングルームになっていた。大型のTVとダイニングテーブルと椅子、壁際には段ボールがいくつも積み上げたままである。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん