よみもの・連載

本日はどうされました?

序章 彼女

加藤 元Gen Kato

「これが欧米なら、大半は土葬でしょう。証拠も集められたんでしょうけど」
「それはそれで大変そうね」
 菊村さんが苦笑しました。
「二十人もの墓を掘り返して解剖するなんて、解剖医は大忙しだわ。その現場にはいたくないね」
 しみじみと言います。
「本当にね」
 O病院がどんな状況であったか、知りません。けれど、おそらく人手は足りていなかったのではないでしょうか。看護師の数がじゅうぶん、などという病院は、少なくとも私が知る限り、ありませんから。
 統計の上では、看護師志望者の数は年々増えているそうですね。不況の影響もあるのでしょうか。けれど、現場では常に人員不足です。志望者がいかに多くとも、離職率も高いのです。
 そう、藤井さんもまた、看護師を辞めていったひとりなのです。

 藤井さんは、この病院で五年、働いていました。
 それまでは都内の総合病院で、外科にいたようです。ここの病院では最初から内科病棟を希望していました。外科は合わなかったと言っているのを聞いたことがあります。その気持ちはわかります。合う合わないは誰にでもありますから。
 しかし、内科でも、藤井さんの勤務態度は熱心とは言えませんでした。連絡事項はメモもとらずに聞き流す。そして忘れる。咎(とが)めても、言いわけをするばかりなのです。それも、いつも同じ言いわけ。
「忙しくて手がまわりませんでした」
 正直、腹が立つこともありました。忙しいのはみんな同じなのです。それも「手がまわ」らない藤井さんをカバーしなければならないから、よけいに忙しくなるというのに。
 藤井さんには病院そのもの、看護師自体が向いていないのかもしれない。そう思うこともたびたびありました。しかし、藤井さんは遅刻はせず、急な病気で休むこともなく、きっちり出勤して来ますし、雑な部分は多々あれど、業務はいちおうこなしていました。患者さんへの態度にも、目立って悪いところはありません。
 けれど、藤井さんには、なにかが欠けていたんです。
 能力なのか、感性なのか、それをうまくは言えないのですが……

 疑っているのは、菊村さんだけではない。「噂」は、次第に大きくなって来ているようです。
 亡くなられた患者さんのご遺族のなかでも、藤井さんへの疑念を口にするひとがいらっしゃるようだと聞きます。
 え、なにか投書があったんですか、警察に? 
 はじめて知りました。じゃ、まるきり根も葉もない「噂」じゃなかったということなんでしょうか。
 まさか、と思います。いくら何でも、身近でそんなことが起きたなんて、信じたくありません。
 藤井さんの消息ですか?
 いいえ、私は知りません。今まで申し上げたことでもおわかりかと思いますが、彼女とはあんまり親しくなかったんです。
 蓮沼さんの方が仲良くしているようでしたよ。でも、辞めたあとでも連絡を取り続けるほどの関係だったかどうかはわかりません。あくまでも表面上のことで、内心は藤井さんを好いていなかったような気もします。藤井さん、かなり癖の強いひとでしたから。
 同じ病院、同じ職場にいれば、話すことも多いけれど、環境が変われば自然に縁が切れていく。そんなものですよね。
 藤井さんは今、どこにいるんでしょう。
 そんな悪い「噂」が囁かれていることを、彼女は知っているのでしょうか?

 藤井さんにお会いになるつもりなんですか。
 やめておいた方がよくありませんか?
 いいえ、私は、彼女を疑っているわけではないんです。ただ、何だか怖い気がするんです。

 この病院で、本当に起きたこと。
 真実を知ることが、怖いんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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