よみもの・連載

本日はどうされました?

第一章 植松佑喜子(うえまつゆきこ)の話

加藤 元Gen Kato

「そりゃね、ちゃんと仕事をしてくれる子もいるけどね。いろいろなのがいるわよ。こっちがなにを話してもむっつりしてろくに返事もしないのもいれば、用事を頼んでもなかなかやってくれないひとだっているし、ナースコールを鳴らしたって無視されることさえあるんだもの」
 私は驚きました。それは困る。
「小さな病院だし、ベッドはいつもぎっしりだし、手が足りないのはわかる。いつも疲れきっているものね、あの子たち」
 梅田さんは溜息をつきました。
「でも、いくら忙しくても、患者さんは病気だから入院しているんですもの」
 私が言うと、梅田さんは我が意を得たりとばかりに身を乗り出しました。
「そうそう、調子が悪いから呼んでいるのに、聞こえないふりをするのはあり得ないでしょう」
 疲れきっている。そうなのか。
 私は以前、挨拶をしたあの看護師さんを思い出しました。
 そんな感じには見えなかったけどな。
「いくら声をかけても無視するなんて、お昼どきのファミリーレストランの店員じゃないんだから」
 私は思わず吹き出しました。
「いますねえ。そういう店員」
 全国チェーンの居酒屋にもよくいますね。すみません、と呼びかけた声を壁のようにはじき返す店員。時給がよほど安いのか、待遇が悪いのか。まあ、客の側からすれば、知ったことじゃありませんけれど。
「でも、やらなければならないことが次々と起きて手が離せないとき、どうでもいい用事で呼ばれたりすると苛つきますよね」
「どうでもいいったって、こっちは患者よ」
 梅田さんはぷりぷりと怒ります。
 大事にしてもらうのが当たり前、それはそうです。けれど、職種は何であれ、働いている身としては、ことと次第によってはいくらかぞんざいになってしまう店員さん、もしくは看護師さんの気持ちがわからないことはないのです。
「見殺しにしたいのかって思うわよ。患者のひとりやふたり死んだって、すぐにまた補充は入るもの」
 梅田さんの口調が辛辣になりました。
「むしろはやく死んだ方がいいんじゃないの。ベッドの回転率がはやい方がもうかるでしょうしね」
「ベッドはいつもいっぱいみたいですね。うちは、たまたますぐに入れて、運がよかったんです」
 私がとりなそうとすると、梅田さんは奇妙な笑い方をしました。
「運がよかった、ねえ。まあね、おたくにとってはよかったでしょう。ちょうどその朝、前の患者さんが亡くなられたお蔭ね」
「え」
 私はひやりとしました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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