よみもの・連載

本日はどうされました?

第一章 植松佑喜子(うえまつゆきこ)の話

加藤 元Gen Kato

「そうだったんですか」
 病院で入院患者が亡くなる。めずらしいことじゃない。それはそうですよね。
「看護師さん、もちろんそんなことは言いやしないでしょうけどね」
 ええ、言いませんでしたとも。
 すぐにベッドが取れてよかったですね。彼女が言ったのは、それだけでした。屈託のない、感じのいい顔。あの言葉の裏には、こういう事情があったのです。すべてわかっていて、わからないふりをした。してくれたのでしょう。看護師さんにとって死は日常的なものなのです。
 私たちとは、違う。
「ここの病棟には、怪談があるの」
 梅田さんは、にやにや笑いを浮かべたまま、言いました。
「怪談? 幽霊でも出るんですか」
 まだ外は明るいのに、いささか腰が引けました。弱いんです、そういう話。
「幽霊より怖いのよ。あのね、ある看護師さんが夜勤に入ったあとは、入院患者の容態が必ず急変するんですってよ」
 梅田さんは、凄(すご)むように続けました。
「それで、その患者さんは、必ず死ぬの」
 そのとき、母が病室に帰って来ました。私は救われた思いで声を張り上げました。
「おかあさん、お帰りなさい」
 この話、おかあさんにはして欲しくないな。

 帰って来た母と入れ替わりに、梅田さんがトイレに立ちました。
「あのひとねえ」
 すると、待ちかねたように、母が私に訴えました。
「夜中、咳(せき)がうるさいのよ。寝られやしない」
 まただ。私はうんざりしました。母は他人をすぐに悪く言う。近所の人たち、親戚、私の友だち、外見であれ性格であれ、いいところをほめることはまずない。私がどうしても好きになれない、母の性分。
「梅田さんは肺の病気なんだからしょうがないじゃない」
 言うと、母は傲然と返しました。
「あたしだって病気だよ。でも、他人に迷惑はかけない」
 私はむっとしました。
 迷惑はかけていない? この場にいる私はどうなのよ、娘の私は。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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