よみもの・連載

本日はどうされました?

第一章 植松佑喜子(うえまつゆきこ)の話

加藤 元Gen Kato

「でも、おかあさん、昔からいびきと歯ぎしりはかなりなものじゃないの。梅田さん、我慢してくれているのかもよ」
 母は顔色を変えました。
「あのひと、今の今まで、あんたにそんな悪口を吹き込んでいたの?」
「梅田さんはなにも言っていないよ」
 悪口を言ったのは、おかあさん、あなたです。
「だったら、あんたがそんな邪推をするのはおかしい」
「邪推って」私の声も尖って来ました。「そもそも、おかあさんがわがままを言うからいけないんでしょう」
「あたしは病人なんだよ。少しは気を遣ってくれてもよさそうなもんだ」
 気は遣っているよ。だからこうして毎日お見舞いに来ているじゃないの。
「こんな病人をがみがみ怒鳴りつけなくてもいいじゃないか」
 母は急に哀れっぽい声になりました。
「いつまで経っても、あんたは大人になれない子だね」
 あんたのせいだよ。私は言葉を飲み込みます。
 あんたが私を一人前として扱わないからだよ。

 どうして。
 なぜ?
 母とは、いつだってぎすぎすした言い合いになってしまうのだろう。なぜ?
 いくら大人になっても、結婚して妻になっても、子を産んで親になっても、母のなかでは、私はできの悪い小娘のままなんです。
 親子というのは、多かれ少なかれ、そういうものなのだ。頭ではわかっていても、胆がおさまりません。黒いものがもやもやと渦を巻きます。そしてこらえきれず感情的になってしまう。
 そのあとで、自己嫌悪でいっぱいになる。
 どうして。
 なぜ?

 帰りがけ、ナースステーションの入り口で、私は声をかけました。
「いつもお世話になっています」
 ひとりの看護師さんがこちらを見て、会釈を返してくれました。
 おや。
 同じような髪形をしているから、同じひとだと思ったのですが、このあいだの看護師さんとは違う女性でした。
 元気がないな。梅田さんの言ったとおりだ。
 ひどく疲れているみたい。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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