よみもの・連載

本日はどうされました?

第一章 植松佑喜子(うえまつゆきこ)の話

加藤 元Gen Kato

「ナースコールに応じないというのは、かなりひどいじゃないか」
「そうよね」
「おかあさんが言うことにも、原因はあるのかもしれないよ」
「そうかな」
「看護師さんの態度に、どこか問題があるのかもしれない。素っ気ないとか、ビジネスライクだとか。そういった点が、おかあさんからしたら怖いという発言になるんじゃないか」
「私から見れば、そんな冷たい雰囲気でもないんだけど」
「そりゃ、自分が入院しているわけじゃないもの。見える範囲は限られているだろう」
 私は黙りました。そう言われれば、そのとおりです。毎日、母の病室へ足を運んでいるとはいえ、私が看護師さんと接するのは、一日にほんの数十秒。すれ違いざまに挨拶を交わす程度なのです。おかあさんの言いぶんがおかしいと頭から決めつけてしまっていたけれど、そう判断をする根拠はなにもないのです。
 ただ、今日も話をした、あの看護師さんの好印象があるばかりなのです。
 それなのに、私は母の言葉を一瞬たりとも信じようとはしませんでした。
 なぜ?
 母の言うことには、何でも逆らう。反発をしてしまう癖がついてしまっていたからではないでしょうか?
「とにかくはやく退院できればいいな」
 夫が言います。私は短く応じました。
「そうね」

 母が死んだのは、次の日の朝でした。

    四

 母の死から、二ヵ月ほど経ったあと。
 台風が過ぎた、その翌日だったと思います。九月半ばなのに、真夏に還(かえ)ったように暑い日でした。
 私はパート先で、いつものように働いていました。午前九時から三時まで、週四回。母が生きていたころと同じように。
 午前十一時くらいだったでしょうか。レジに、彼女・・が来たのです。
「柳沢さんじゃないですか」
 明るい声をかけられて、思わず手を止めました。
「このお店で働いていらっしゃったんですか」
 はあ、と、私は曖昧に笑ってみせました。彼女が誰だったのか、思い出せなかったのです。
 この顔、知っている。けれど、誰? どこで会った? 
 内心は疑問符でいっぱいでした。誰だったろう。確かに会っている。それも、つい最近顔を合わせたばかりだ。
 やがて、あっと思い当たりました。
 病院。母が入院し、死んだ、E病院。そうだ、看護師さんだ。
「その節は、お世話になりました」
 ようやくその言葉が出ました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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