よみもの・連載

本日はどうされました?

第一章 植松佑喜子(うえまつゆきこ)の話

加藤 元Gen Kato

 あの日。
 電話を受けたのは、午前七時少し前でした。
 柳沢さんが亡くなられました。
 言われても、すぐには意味が理解できませんでした。
 死んだ?
 受け入れるのに、しばらく時間がかかりました。
 入院は、わずかの期間でいいと、お医者さんは言っていたはずです。少し良くなれば、通院に切り替えると。死ぬほど状態が悪いなんて、言いはしなかった。
 母の心臓が思いのほか弱っていたのだ、とお医者さんは言いました。私はなにも言えず、下を向いているしかありませんでした。
 母の死顔は、なにか苦いものを飲み込んだように、頬から顎にかけて、不自然にこわばっていました。
 眠っているような死に顔、という言い方をよく聞きますけれど、母の場合はそうじゃありませんでした。
 母は、間違いなく、死んでいました。
 その顔を見た途端、私ははっきりと母の死を理解したのです。
 苦しかったのかな、おかあさん。怖かったのかな。
「残念です。お悔やみ申し上げます」
 お医者さんの声が遠く聞こえました。

 ──柳沢さんは、とても可愛かったですよ。

 おかあさんは、病死じゃなかったのかもしれない。
 そう考えるようになったのは、彼女と再会した、あのときからです。

 看護師さんが怖い。
 夜中にね、あたしの顔をじっと見下ろして、呼吸を窺っているんだ。
 あれは、仕事で見ているんじゃない。まがまがしい気持ちなんだ。
 殺される前に、はやくここから出して。出してよ。

 おかあさんは、あれだけ言っていたのに、私はなにもしなかった。
 胸がきりきりと痛みます。

 彼女の名前も、私は知らないままです。
 E病院の看護師さん。それだけ。
 あれ以来、彼女は一度も、私のレジに来ることはありません。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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