よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

 薬はずっと飲んでいますよ。でも、この病気は完治するってことはないみたい。咳も止まらないし、このごろじゃ家の階段を上るだけで息切れがするんだからね。情けない。
 そうそう、E病院の話をしなくちゃ。
 E病院を選んだのは、息子に勧められたからなの。あたしは現在通院しているぼろ診療所で構わないと思っていたんだけれど、もっとちゃんとした病院で診(み)てもらった方が間違いがない、インターネットで評判も調べたからって主張されてね。で、去年の夏、入院していた。二週間くらいだったかな。あたしがいたのは二人部屋。その二週間のあいだに、同室の患者さん、隣りのベッドのひとが亡くなった。それも、続けて二人もね。
 ねえ、けっこう、ぞっとする話じゃない?
 亡くなった患者さんは二人ともばあさん。あたしより齢(とし)上(うえ)ってところかしらね。最初のひとりはあたしが入った当初から重態だった。癌(がん)の末期だったらしいの。一日じゅう寝っぱなしで、口もきかなかった。入院した三日後くらいの真夜中に呼吸が荒くなって、看護師さんやお医者さんがばたばたしてどこかに運んで行って、それきり帰って来なかった。集中治療室で死んじゃったみたい。
 お昼ごろ、看護師さんがベッドを片づけて、夕方にはもう次の患者さんが来ていた。
 そのひとは、特に重い病気というわけではなかった。入院した直接の理由は熱中症。糖尿病でもあって、透析(とうせき)を受けていたみたい。でも、亡くなったお隣りさんのように弱りきって寝たきりではなかった。入院した次の日からは自分で歩いて洗面所へも行っていたし、一階にある売店へも行っていたしね。
 亡くなる前日までぴんぴんしていたのよ。それなのに急に容態が悪くなって死んじゃった。
 柳沢(やなぎさわ)さん。そう、そのひとのことよ。

 柳沢はる子さん。
 亡くなったひとのことを悪く言いたくはないけれど、あんまり性格のいいばあさんじゃなかった。
 あたしはお喋(しゃべ)り好きな性質だから、いろいろ話しかけはしたんだけど、柳沢さん相手だとちっとも楽しくない。
「おはようございます。お躰(からだ)の調子はどうですか」
 そんな風に切り出したら最後、愚痴しか返って来ない。
「頭が痛くてたまらない。胸が苦しくて、まるで眠れないんですよ」
 そうかなあ、眠れなかった割にはいびきが聞こえていたけどなあ。
「あたしがご迷惑をかけているせいかもしれませんね。夜中は咳がひどいでしょう」
 言葉を返してはみるけれど、柳沢さんの耳にはほとんど入らないみたい。
「あたしは神経過敏なものでね。枕が変わるとよけいに眠れなくなるんです。この病院のベッド、ぎしぎし軋(きし)むしマットレスは硬いし、腰が痛くて寝返りも打てやしない。枕も合わないから首も凝って、肩が突っ張って」
 その後はずうっとつらい痛い苦しいのお念仏。
「そんなに神経質だと、旅行にも行けませんね」
 つまらないから、あたしは話題を楽しい方向に転じようとする。
「旅行なんて、とんでもない」
 柳沢さんは大仰にかぶりを振ったものよ。
「ここ何年も、遠くへ出かけたことはありませんよ」

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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