よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

「そうですか」
 旅行が大好きなあたしとしては、それ以外に返す言葉がない。柳沢さんはいまいましそうに吐き棄(す)てる。
「どこへ行っても同じです」
 違うよ。そりゃ、見よう、楽しもうとする意欲がないだけでしょ。
「どうせ疲れて帰って来るだけ」
 なにもせず家でごろごろ寝ころんでいたって疲れるのが人間だよ。疲れることがそんなに厭なら死んじまいな。
 まさか本音を投げ返すわけにもいかないから、あたしは口を閉じたまま。こういう人間とこれ以上この話をしても無駄だとあきらめるしかなかった。
「子供たちも誘ってはくれませんしね」
 柳沢さんはうらめしげにつけ加えた。ひょっとしたら、柳沢さんの不満はその点にあったのかもしれない。でも、あたしにはそういう部分も理解できなかった。
 あたしだって、啓太郎と旅行になんか行きませんよ。あの子はきれいな景色にも歴史的建造物にも関心がないもの。お寺や神社をめぐったって、
「へえ」
 でおしまいでしょうし、温泉に行ったってお湯に五分浸かっただけで出て来ちゃうでしょうね。おみやげ屋も覗(のぞ)かないに決まっている。ふだん啓太郎が買い込むものと言ったら昔のロボットアニメのプラモデル。そう、いまだにそっち方面のマニアなの。しかも、なにをあげれば相手が喜ぶかなんて考えて買い物をする性質(たち)じゃない。中学校の修学旅行で京都に行って、あたしに買って来たおみやげはプラスティック製のぬんちゃくでしたよ。
「かあさんの護身用だよ。女だって戦うべきだ」
 とか、わけのわからないことを言っていたけどね。けっきょくはあの子自身がふりまわして遊んでいただけだった。おまえが欲しかっただけじゃないか。
 笑っちゃうでしょう? あの子、お友だちの前でもそんな感じだったでしょう?
 つまりは、あの子とは趣味が合わない。よく見かけるじゃない、旅行先で奥さんの後ろをついてまわってぽかんとしている男。日曜日のスーパーマーケットやドラッグストアにもいるわよね。カートを押すしか役に立たない、通路ふさぎの邪魔な亭主族。ああなるのが関の山だもの。だから京都も北海道も、道後(どうご)温泉も銀山(ぎんざん)温泉も、ハワイや香港にだって、半世紀ものつき合いになる女友だち同士で行った。若いころとまるで変わらない馬鹿話をして、自分用の可愛いおみやげを買って、おいしいものを食べた。
 子供なんか、関係ないじゃない。
 そうそう、柳沢さんは、子供や家族の話も退屈だった。
「うちの息子は、S大学を卒業したんです。今では自動車会社のG社に勤めています。本社勤務で部長なんです」
 ご立派ですねえ、としか言いようがない。
「孫娘は、K女子大学に通っているんです」
 女子大ですか。男の子はいないんですね。
 つまらないから、あたしの反応もつまらなくなる。すると、柳沢さんはいささかご不満げに補足する。
「名古屋では有名な学校なんですよ」
 それはそれはよかったですねえ。それ以外になにを言えと?

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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