よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

 学歴職場自慢以上に話がふくらまない。息子や孫がどういう行動をしたとか、どんなことを言ったとか、そういう発展はない。おもしろい挿話がまるでないわけ。むろん、おたくはどうですか、と訊(き)かれたりはしなかった。あたしの周囲のことなんて、柳沢さんには興味がなかったんでしょう。訊いてくれればうちの啓太郎のくだらなくて楽しい話をたくさんしてあげたんだけどね。
 それでも、柳沢さんは恵まれていたんじゃないかしらね。毎日毎日、娘さんが見舞いに来ていたもの。
 娘さん、五十歳くらいかな。仕事の帰りに病院へ来ていたらしいの。やはり年齢(とし)を取ってから頼りになるのは娘なのかと考えさせられたわね。啓太郎なんか、あたしの入院中、ほとんど顔を出そうとしなかったもの。入院した日にも退院した日にも荷物を持たせはしたけどね。
 けど、柳沢さん、娘さんを褒めても、嬉(うれ)しそうな顔をしないの。
「昔からあの子にはやさしさが足りないんですよ」
 なんて言う。
「近くに住んでいるというのに、娘はあたしをほとんど気にかけてくれやしないんです。今だって、たいして心配しちゃいないんですよ。あたしの言うことだって、まともに聞いてくれない。いつだって眼を三角にして言い返してくる」
 柳沢さん母娘の会話を傍(そば)で聞いていても、そんな雰囲気はなくもなかった。でも、あたしは娘さんに同情していた。柳沢さんの言葉に娘さんがいちいち反発するのも無理はない。
「あの子は昔からそういう子だった。自分本位な子でした。おにいちゃんの方には思いやりがありました。いい子だった」
 毎日見舞ってくれる娘より、S大学出G社勤務の優秀な息子さんが、柳沢さんのお気に入りらしかった。思いやりのあるいい息子さんのわりには、見舞いには来なかったですけどね。ま、男の子なんてそんなものです。弱っている人間を力づけたり慰めたりするのが上手な男なんて、あたしは見たことがない。やさしいように見えるのはつき合う前だけ。下心があるうちはやさしいふりするの。
 そんな男ばかりじゃない? そう思う?
 信じたいけど、あたしの前には現れなかった。この年齢になるまで、七十年近くもね。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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