よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

 大学を卒業して、ほぼ二十年。
 啓太郎は、いまだにこの家で、あたしと一緒に暮らしている。
 もちろん就職はした。けれど、最初に勤めた大手の印刷会社は、上司と合わないと言って一年で辞めた。それから参考書専門の小さな出版社、地図や旅行案内を編集するプロダクションと、転々。去年、あたしが入院したころは無職だった。半年前、今度は医学書専門の出版社に就職したけれど、いつまで続くことやら。
 結婚もしていない。休みの日は部屋にいることが多いの。プラモデルをちまちま拵えたりロボットアニメを観たりしているようね。友だちも少ない。あたしが知っているのは高校生からのつき合いの田村くん。知っている? そうよね、当時から趣味が合ったみたいで、仲がよかったわよね。田村くんとはいまだにつるんでどこかへ出かけたり、たまにはお泊まりで遠出をしたりもしている。ええ、どうやら、田村くんもひとり身のようね。
 あたしはこれまで、あの子の恋人に会ったことがない。あたしの見たところ、啓太郎は女をほとんど知らないんじゃないかと思う。こればかりは親が何とかしてやるわけにはいかないけどね。
 田村くん? ああ、そういう可能性もあるわよね。確かにやたらと仲はいい。でも、それもね、親が口を出せることじゃないでしょう。
 愛があればいいんじゃないの。 
 啓太郎と会話? あんまりしませんね。あたしは一方的に喋るけど、啓太郎はうんうん聞いているだけ。
「またアメリカで銃撃事件が起こったわね」
「うん」
「銃なんか持っているからいけないのよ。カッとなったらすぐ無差別に他人を撃つ」
「うん」
「犯人は五十代の独身男だって。あんた、どう思う?」
「うん」
「家で家族を撃ってから、街へ飛び出して銃を乱射したらしいわよ」
「うん」
「あんたが銃を持っていたらと思うと、ぞっとするね」
「そう?」
「あたしが真っ先に撃たれそう」
「そんなことはしないよ」
 啓太郎は真顔で応じた。
「かあさんがいなかったら困る。毎日毎日、めしを作るのは面倒だ」
 似たような落ちの落語があったなあ。けど、あれは夫婦の噺(はなし)だったし、現実が落語そっくりというのはちょっと、いや、かなり困ったものだわね。
 え、さすがに今は、啓太郎も悪魔を信じなくなったろうって?
 それが、そうとも言えないのよ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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