よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

     三

 あたしは、柳沢さんと世間話がしたかった。柳沢さんの愚痴をただ拝聴するんじゃなくてね。
 で、入院中は、啓太郎に話すのと同じように、いろいろ話を振ってみたわけよ。
「またアメリカで銃撃事件が起こったんですね」
 とね。
「銃なんか持っているからいけないのよ。頭に来た、気に入らない、いらいらする。それだけで見ず知らずの他人に銃を向けて引き金を引く。そういう精神状態に関して言えば、日本だって同じですよ。他人ごとじゃありませんよ。若い子からじいさんばあさんに至るまで、みんないらいらしている気がしませんか」
 柳沢さんは、無反応。
「みな、ぶっ殺すだの死にやがれだの、安易に口走るでしょう。そこで止まる、止まれるのは手もとに銃がないから。それだけなのかもしれない。包丁やナイフじゃ、体力のある相手には反撃されるかもしれませんものね」
 柳沢さんは眉を寄せる。
「でも、アメリカには銃がある。離れた場所からでも他人を倒せる。で、思いを行動に移してしまう」
 柳沢さんは、ううう、と低くうめいた。
「どうしたんですか」
 あたしとしては演説を中断して訊(たず)ねざるを得ない。柳沢さんはか細い声で答えた。
「頭が痛いんです」
「看護師さんを呼びましょうか」
「いいえ、これくらいの痛みには慣れています」
 だったらそんな大仰に唸(うな)らなくてもいいじゃないか。
「家にいても、しょっちゅう頭痛がしていたんでね。いつ倒れるか。倒れたらそのまま死ぬんじゃないかって、いつも考えていたんだもの」
「あらまあ」
 世間話は終わり。そのあとは、柳沢さんの痛いつらい苦しいを延々と聞かされることになる。柳沢さん、本当に頭が痛かったのかな。あたしを黙らせたかっただけじゃなかったのかな。おそらくは後者でしょう。
 柳沢さんは、よくTVを観ていた。けれど、画面を眺めてはいても、番組の内容についてはほとんど興味がなかったのかもしれない。記録的な猛暑。台風被害。河川の氾濫。連続放火事件。銃の乱射事件。あたしや柳沢さんが入院していた短いあいだにも、世の中ではさまざまなことが起こっていた。恐ろしい光景、いたましい事実が、TVの画面に映し出された。
 それらに対して、柳沢さんは、ほとんど心を動かされてはいなかった。眼は開いていても、見ない。耳は聞こえていても、聴かない。
 柳沢さんにとって、関心があったのは、自分自身のこと。
 自分の中にどろどろと渦巻く不満と怨嗟(えんさ)。それだけだったのかもしれない。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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