よみもの・連載

本日はどうされました?

第二章 梅田登季子(うめだときこ)の話

加藤 元Gen Kato

 そんな柳沢さんと、唯一、話が弾んだのは、E病院への不満だった。
「ここの看護師さんは不人情ですよ」
 柳沢さんはよくこぼしていた。
「なにを言ってもはいはいと聞き流すばっかり」
 柳沢さん、眠れないんですと看護師さんに訴えて、昼間に寝すぎているからですよ、と切り返されたりしていた。実際、昼寝中、何度か看護師さんに起こされてもいた。
 こんな時間に寝ると、夜になってまた困りますよ。
「眠いときは、眠りたいじゃないの」柳沢さんはぷりぷり怒っていた。「眠れなかったら、そこを何とかして欲しいわ。お医者さんなんだもの」
 でもね、あれは柳沢さんもわがままだった気がする。E病院にだって、親切な看護師さんはいたのよ。名前は忘れちゃったけど、いつも穏やかで感じのいい女の子。何歳(いくつ)くらいかな。二十代の後半か、三十歳になってはいないように見えたけどね。ま、どっちにしろ、あたしから見たら女の子よ。
 夜がつらいから、今の時間は起きていましょう。そう言ったのは、親切な子でね。意地悪なのは別の子の方。そう、柳沢さんの訴えを、昼寝のし過ぎ、で一蹴した女。正論だし、柳沢さんの痛いつらい苦しいにうんざりさせられるのは確かなんだけど、言い方がよくないでしょう。患者としては、看護師さんなのにその対応かと思っちゃうじゃない。その女、親切な看護師さんと年齢はあまり変わらなそうだったけど、態度が悪いぶんばばあに見えた。
 看護師さんのことよりなにより、柳沢さんをうんざりさせたのは、食事だった。糖尿病用の病人食だったから、いっそう味気なかったみたい。
「この病院のお食事、本当においしくないわ」
 大根のおかゆとか、薄そうな味噌汁ちょびっと。くたくたのほうれんそうのおひたし。お昼はにんじんのおかゆ。冷めた茶碗蒸し。傍で見ていても非常においしくなさそうだった。
 あれでなきゃ、血糖値が上がっちゃうんでしょうけど、それにしてもね。
「病気のせいですかね。ただでさえ、なにを食べてもおいしいと思えなくなっているのに」
 それは、あたしも思い当たる。一日じゅう病院にいると、食欲がなくなるのは確かなのよ。あたしは咳もひどかったし、胸のあたりもすっきりしなくてね。食事どきが来ても、お腹が空(す)かなくて困っていた。柳沢さんのはそのうえ、おいしくないと来ているんだもの。
 入院して三日もすると、柳沢さんは食事に手をつけなくなった。
「食欲がないの。食べられないのよ」
 なんて、看護師さんたちに向かっては哀れっぽい声を出していた。けど、実際は違うのよ。
 柳沢さん、間食をしていたの。
 ベッドまわりのカーテンを閉めきって、一階の売店で買ったらしいおせんべいをかじる。何のことはない、食欲はしっかりあったわけよ。いくらカーテンを閉めたって、かじる音もするし醤油(しょうゆ)の匂いもぷんぷんするし、隣りにいるあたしにはばればれなんだけどね。夜中でもぼりぼりやっていて、参ったわよ。とんだ迷惑。うるさいから夜は食べないでくれって言いたかったけど、そこはお隣りさんだしね。なるべく角は立てたくない。だから婉曲(えんきょく)に抗議行動をしたわけ。ぼりぼりやられたときはわざと派手な咳をしてやった。
 ぼりぼり。げほげほげほ。ぼりぼりぼり。げほげほげほげほ。
 やかましい病室だったと思うわよ、まったく。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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