よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

     一 

 藤井(ふじい)さんの話?
 ああ、週刊誌の記者の方なんですか。去年の夏、この病院で立て続けに患者さんが亡くなった事件について調べている? 
 でも、病院で患者さんが亡くなるのは珍しいことじゃないですよ。そんな返事じゃいけませんか。
 藤井さんについて聞きたい?
 へええ、彼女が疑われているんだ。やっぱりね。
 困ったな。話していいのかな。そりゃあね、警察のひとが来て、いろいろ訊かれはしましたよ。けどね、おわかりでしょう? 私たちは口止めされているんですよ。滅多なことは外部に漏らすなって言われている。
 それに、私は彼女とは親しくなかったんです。親しいどころか、かなり苦手でした。正直に言ってしまうと、彼女のことが嫌いだったんです。用事がないかぎりは、なるべく口を利かないようにしていたくらい。どうしても話さなくてはならないときだって、ぜったいに視線は合わせませんでした。もっとも、それは向こうも同様だったみたいですけどね。藤井さんの方だって、私のことは嫌っていたに決まっています。彼女が辞める直前は、お互いにお互いの存在を無視している感じ。最悪の関係でした。だから、藤井さんについては、悪いことしか言えないです。
 ええ、そう。今さっき、やっぱりなんてつい口にしちゃったけれど、私、確かに彼女を疑っています。
 ぜったいに名前は出さない? ニュースソースを明かさないのがジャーナリストの鉄則? 事件があったなら、それを広く知らしめるのが正しい行いだと、おっしゃるんですか。
 ええ、それはよく理解できます。
 そうですよね。私だって、実際のところ、隠しているのはよくないことだという気もしているんです。それに、藤井さんを疑っているのは、私だけじゃないんですしね。
 ここで話をしても、私が言ったとはわからないようにしてくれますよね。本当に本当ですね? 約束してくださいよ。
 気が合わなかった理由、藤井さんを疑うに至った事情を話せばいいんですね?

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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