よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

 どう言えばいいのか。
 とにかく、藤井さんは、変わっていました。
 藤井さんは、私よりちょっと齢下(としした)。看護師歴もだけど、E病院での勤務歴でも、後輩ということになります。うちの病棟の看護師は、師長と杉内(すぎうち)主任以外はそんなに年齢差がないんですよ。三十代で、ほぼ同世代。そういった意味では話が通じやすいはずなのに、藤井さんだけはなにを考えているかわからない。少なくとも、私とはまったく話が合わなかったです。ほかの看護師仲間にしても、同じだったんじゃないかな。彼女、どこかずれているんだもの。
 たとえば春、みんなで桜の話をするとします。病院の裏にある公園に大きな桜の木があるんです。そこの花が満開だ、って誰かが言う。
「綺麗(きれい)だよね」
「お花見に行きたいねえ」
 なんて風に、軽い雑談を交わしている。そういうとき、藤井さんっていうひとは、自分は梅が好きだと言い出すんです。そして梅に関する蘊蓄(うんちく)を延々と語り出す。場の空気は台無しですよ。誰もそんなことは聞いちゃいないんですからね。どこかとんちんかんなひとなんです。
 雑談なら、まだいいんですが、仕事になると本当に迷惑でした。藤井さんが相手だと、申し送りがまともにできないんです。
 毎朝、私たちは夜勤から昼勤へ申し送りをします。夜勤の看護師が昼勤の看護師に、夜のあいだに起きたこと、自分が担当している患者さんの容態の変化などを口頭で引き継ぐんです。夕方はその逆。藤井さんには本当にいらいらさせられました。
「Aさんが真夜中、不穏になって、トイレで歌いだして、わたしが駆けつけたら、わたしのことを自分の母親だと思い込んで、しがみついて来たので、わたしは母親のような声を出して、Aちゃん大丈夫なの、って言ったんです。そうしたらAさんが泣き出してしまって」
 こんな具合。申し送りをされる側に必要なのは、Aさんがトイレで不穏になったという情報だけです。それを、だらだらだらだら、どうでもいいことばかり話している。けっきょく、自分がいかにAさんから慕われているかを言いたいだけなんです。ただの看護師のひとりじゃない、Aさんにとって肉親のように特別な存在である。そう勝ち誇りたいのが見え見え。うっとうしいったらありゃしない。
「で?」
 藤井さんの長話を辛抱強く聞いてあげる仲間もいるんですが、私は遮っちゃいます。
「Aさん、今は落ち着いているの?」
「はい。明け方にはベッドに戻ったんですが、それから」
 藤井さん、またごちゃごちゃ続けそうになる。つき合っちゃいられませんから、それも潰す。
「睡眠剤は出した?」
 大事なのはそういうところなんです。藤井さんは、そこがすっぽり抜けている場合が多いんですよ。薬の投与とか、食事の量とか、こちらから気をまわして細かくしつこく訊(き)かなきゃならない。
 要するに、藤井さんは、自分の中で話の要点を整理できないんです。患者さんがこう言った、ああ言った。それで自分はこう応じた。ああ言い返した。そんな与太話は自分の胸に収めておけっていうんですよ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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