よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

「この次も、藤井さんにお願いできませんか」
 そんなことを言われたりもする。
「藤井さんがいいって、おばあちゃんが言うんです」
 そもそも、藤井さんがとろくさいから、ほかの看護師たちは少しでも効率よく手早く動かなければならないんです。迷惑をかけている藤井さんばかりいい顔をして、周囲が割を食うなんて、まったくおかしな話ですよね。
 それでも、藤井さんがみんなに、すみませんでした、とひと言でも伝えれば、まだ受け流せたと思います。彼女の場合は、それがないんです。四人部屋で、彼女がひとりをもたもた清拭しているあいだ、私がほかの三人の清拭を済ませたとしても、申しわけなさそうなそぶりは微塵(みじん)もない。平然としているんです。
「藤井さん」
 私は、言ってやったことがあります。
「あなたの三倍も働いているんだけど、私」
 藤井さん、何て答えたと思います?
「そうですね」
 眼をぱちぱちさせながら、そのひと言ですよ。腹が立つより気が抜けましたよ。どうしようもないな、と思いました。
 こいつは鈍すぎる。話にならない。
 悪いけど、同じ人類とは思えなかったです。
 まだあります。藤井さんは、それほど使えない人間のくせに、夜勤や休みの希望を真っ先に入れるんです。藤井さん、夜勤が好きだったんです。たぶん、夜勤手当が稼げるからでしょうね。そういう風に考えるのは彼女だけじゃないんですよ。看護師のお給料って、それほど多くはありませんからね。小さい子供でも抱えていたら、そうそう夜には働けないけれど、時間の自由が利くのであれば、少しでも多くお金を稼ぎたい。そう考えるのは自然です。
 うちの病棟も、既婚未婚はともかくとして、夜勤を希望する看護師は彼女のほかにもいました。私だって、夜勤は入れたかったんですよ。結婚はしていますけど、子供はいませんしね。
 藤井さんには、周囲の思惑を推し量るという部分がなかった。そうした配慮がまるでなかったんです。
 つまりは、自分本位な人間なんですよ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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