よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

     二

 私は、藤井さんが嫌いでした。
 ああいう鈍い型(タイプ)の人間って、子供のころから苦手なんです。傍(そば)にいると癇(かん)に障って、いても立ってもいられない気分にさせられる。
 藤井さんを見ていると、思い出すひとがいます。

     *

 小学校五年生のころでした。
 ちょっとふとめの体型で、やっぱり藤井さんみたいにとろくさい、男子から大カバって呼ばれていた子が同じクラスにいたんです。ひどい渾名(あだな)でしょう。小学生の男子って容赦ないですよね。大川(おおかわ)って姓だったので、大カバ。そんなにもの凄(すご)くふとっていたわけじゃないのに、カバ呼ばわり。大川さん、男子から面と向かってそう言われても怒らないんですよ。まわりにいる私たちが「やめなよ」って言い返してあげるんですけど、大川さん自身はなにも言わない。うじうじしている。気が弱かったんでしょうね。
 男子にいちばんからかわれていたのが大川さんだったから、女子が協力して助けてあげる、という形になっていたんですが、実のところ私は嫌いだったんですよ、大川さん。胆(はら)の底では男子に共感していました。やることなすこと、苛つくんです。
 まず、運動神経が絶望的。マラソン大会ではぜったい完走できずにわき腹を押さえながら歩いている。走り終わって校庭に整列した学年の全員が、ひたすら大川さんのゴールを待たされる破目になるんです。体育でバスケットボールをするときは、大川さんと同じチームにはならないようにと祈ったものです。うろうろしているだけで役に立ちませんからね。コートの中を走りまわりながら一度もボールに触れないまま終わるんじゃないでしょうか。ドッジボールではその逆で、ボールは大川さんに集中します。男子はみんな大喜びで大川さんを狙いますからね。で、真っ先に血祭に上げられる。
 しょっちゅう転ぶし、跳び箱や鉄棒から落ちるし、大川さんは保健室の常連でした。彼女を保健室に連れて行くのは私の役目です。保健委員だったんですよ。当時から看護師になりたい気持ちがあったんです。
 勉強はどうだったかな。あんまり優等生だった記憶はないですね。ひとつだけ印象深いのが、教科書を朗読させられるとき。大川さん、ふだんの声も少しトーンが高い感じがあったんですけど、朗読がまた一種独特な節まわし。歌うように読み上げるんですよ。男子はみんな大笑いする。悪いけど、私だって笑っちゃいました。大川さんは真っ赤な顔して下を向いてしまう。担任の先生は笑わないように注意するんですけど、あんな読み方をされて、笑うなと言うのは無理ですよ。
 あとで聞いたんですが、大川さん、親の方針で声楽かなにか習っていたみたいですね。だからあんなおかしな抑揚で声を出していたんでしょう。うちの子は声がいいからオペラ歌手になれるとでも思い込んだんですかね。大川さんの親も罪作りだなあと思います。
 教室にいても、大川さんはよく具合が悪くなりました。なぜかすぐに鼻血を出すんです。で、また私が彼女を保健室まで連れて行かなきゃならない。ずいぶん迷惑をかけられたものです。
 大川さんが最悪なのは遠足のときでした。バスに乗れば必ず酔うくせに、ぎりぎりまで「気持ちが悪い」って言わない。五年生にもなりながら、自分で袋を構えて準備することもできない。いきなりぶわっとやらかす。大惨事ですよ。ここでも保健委員の私が介抱をさせられる。楽しい思い出になるはずが、大川さんひとりのせいで汚らしくなっちゃうんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

Back number