よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

 大川さん、給食を食べるのも、やたら遅かったんです。行動がのろいだけじゃなく、ふとっているくせに、食べ物の好き嫌いが多いんですよ。担任の先生、給食はなるべく残さないで食べさせる方針でしたから、大川さんにとっては苦行だったでしょうね。毎日毎日、クラスの全員が食べ終わって食器を片付け、校庭へ飛び出していったあと、大川さんだけが教室に残って冷えたおかずを口に詰め込んでいるわけです。
 私、大川さんがずるをするのを見ちゃったことがあるんです。
 あの日の昼休み、どうして教室に戻ったのだったかな。忘れ物があって取りに来たのかな。とにかく教室に帰ったら、大川さんがパンを小さくまるめてポケットに突っ込んでいるところだったんです。食べないで捨てようとしていたんですね。
 ずるい。
 私は見逃せない性格なんです。ほら、正義感が強いから。それで、大川さんに言いました。
「今、ポケットにパンを入れたよね。食べなきゃ駄目じゃない。出しなさいよ」
 そうしたら、大川さん、何て言ったと思います?
「なにも入れていない」
 とぼけるんですよ。
「嘘(うそ)。見たんだから」
「なにを」
「たった今、ポケットに入れたでしょう」
「菊村(きくむら)さんの言っていること、意味がわからない」
 むかっ腹が立ちました。いつもいつも、膝をすりむいたのおでこにこぶを作ったのおなかが痛いの、どこかしら具合が悪くなっては保健委員の私に面倒をみさせておきながら、この態度はいったい何なんでしょう。恩知らずが。
 ふざけるな、この大カバ。
 怒鳴りつけて、大川さんを突き倒し、強引にポケットから証拠品を引っ張り出してやればよかった。今になればそう思うんです。けど、そこまでする気力はさすがになくて、私はひとまず引き下がってしまいました。その後、仲良しの友だち二人に事情を話して、次の日の昼休みに張り込みをすることにしたんです。どうせ同じことを繰り返すに決まっているから、大川さんの悪行をしっかり見届けてやろうとしたんですよ。それから先生に訴えてやればいいですもんね。
 どうなったかって?
 失敗しました。友だちのひとりが、扉の隙間から教室を覗(のぞ)きながら、くすくす笑い声をあげちゃったんですよ。で、大川さんも、私たちの張り込みに気づいてしまって、ずるをせずきちんと食べたんです。その後も何日か張り込みはしたんですが、大川さんが警戒してしまって、けっきょく尻尾は押さえられずじまいでした。
 食べ物を棄(す)てようとしたり、ぬけぬけとしらばくれたり、大川さんの本性が表れていますよ。
 私はますます大川さんが厭(いや)になりました。それからあとは味方のふりをするのもやめました。
 正確に言えば、やめたのではなく、もっと大げさにかばうことにしたんです。男子が大カバとからかうたび、あんたたちひどい、先生に言うよと大声を上げる。そうするとかえって男子は調子に乗るんですよね。結果、大川さんはますますひどい言葉を投げつけられることになる。
 大川さん、何とも言えない顔をして、うつむいていましたよ。
 いい気味でした。自業自得です。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

Back number