よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 藤井さんにも、大川さんに通じるものがあるんですよ。
 鈍くて気が弱いくせに、どこかふてぶてしく、ずるい感じ。
 私は、彼女のそういう部分が、許せなかったんです。

     三

 盗難事件ですか?
 蓮沼(はすぬま)さんのネックレスが紛失したのが、はじまりでした。
 恋人からプレゼントされたという、プラチナのネックレス。値段まではわからないけれど、有名なブランドの品だし、そこそこ高価なものなんじゃないですか。
 確か、寒い時期、冬でした。クリスマスプレゼントだったという話だから、そのあとですよね。年はもう明けていたかもしれません。みんな、分厚いコートを着て出勤して来ていて、狭いロッカールームで押し合い圧(へ)し合いしながら身支度をしていたんです。
 今日はいいのをつけているね、って、誰かが蓮沼さんに声をかけたんです。誰だったかな。萩野(はぎの)さんだったかも。彼女はそうしたことに敏感なひとだから。
「彼氏からの贈り物?」
 って、私も調子を合わせたんです。
「そう。ペアの片割れ。クリスマスにねだって買わせたんですよ」
 蓮沼さん、にこにこと答えていました。そのころ、蓮沼さんは恋人とつき合いはじめたばかりだったんじゃなかったかな。彼とのなれそめやらのろけ話やら、何度も何度も聞かされていたものです。
「見せてよ」
 萩野さんが腕を伸ばしたので、蓮沼さんはネックレスを外して萩野さんに手渡しました。
「可愛いね」
「私にも見せて」
 私も言いました。実のところ、他人のネックレスにそれほど興味があるわけじゃなかったんですが、まあ、あの場のあの流れにおけるお約束みたいなものです。すごいすごいうらやましいと盛り上がってあげるわけですよ。
「本当、綺麗だ」
「私も欲しい」
 黄色い声でひとしきりきゃあきゃあ言い合ってから、ネックレスを蓮沼さんに返しました。その後、蓮沼さんはネックレスを自分のハンドバッグの内ポケットに落とし込んで、ロッカーに入れて鍵をかけた、つもりだったというんです。
 ところがその日、蓮沼さんが勤務を終えて着替えようとしたら、ロッカーの鍵はかかっていなかったんだそうです。
「かけ忘れたのかもしれません」
 蓮沼さんもあとで言っていましたが、うっかりかけ忘れちゃうことは私にもけっこうあるんです。大した貴重品も置いておかないですし、このロッカールームに出入りするのは内科の看護師仲間だけで、それまでは何の事件も起きていなかったんですから。
 その日、蓮沼さんのネックレスがバッグの中から消えてしまうまでは。
「でも、わたしのロッカー、もともとロックが甘いんですよ。引手のところを強く叩(たた)くと外れちゃうんだもの」
 とも、蓮沼さんは言っていました。そのことも以前、蓮沼さんが話していた記憶があります。仲間うちはたいがい知っていたわけです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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