よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

「なにか胸騒ぎがして、すぐにバッグの内ポケットを探ったら、案の定、ネックレスがなくなっていたんです」
 このことを私たちが知ったのは、しばらく経ってから、一週間ほど過ぎたのちでした。蓮沼さんはネックレスのことを、すぐには周囲に言わなかったんです。
「そもそもは自分の不注意から起きたことですし、あんまり大騒ぎをしたくなかったですからね」
 蓮沼さんはそう説明していました。彼女の気持ちもわかります。看護師しか出入りできないロッカールームでものが消えた。誰かが盗んだ。誰が? 外部の人間が入って来て動きまわればひと目につく。まず疑わしいのは、内部の人間。つまり、私たち仲間のひとり。どう考えてもそういう結論になりますものね。
 その蓮沼さんが、ネックレスのことを打ち明けたのは、萩野さんがこう言ったときです。
「ねえ、私の腕時計を見かけなかった?」
 萩野さんも、通勤のとき腕にはめている時計は外してロッカーに入れておく習慣なんです。
「夜勤の前、確かに外してしまっておいたと思うんだけれど、朝見たらなくなっているのよ」
「ロッカーに鍵はかけた?」
 私が訊くと、萩野さんは首を傾げました。
「かけなかったな。だって、必要ないじゃない」
 みな、不用心は不用心だったんですね。
 そんな会話をしているときに、横から蓮沼さんが言葉を挟んできたんです。実は自分のネックレスもなくなったんです、と。
「泥棒がいるのかしら」
 萩野さんは眉をひそめました。
「厭ですねえ」
 蓮沼さんも暗い眼で頷きます。
「他人のものに手を出すなんて、まともじゃない。かなり異常な人間よね」
 萩野さんが呟きました。このとき、萩野さんと蓮沼さんがどう考えたかはわかりませんが、私はぴんと来たんですよ。
 犯人は、藤井さんじゃないのか。

     *

 藤井さんは、ネックレスの話をしたときには、蓮沼さんのすぐ横にいました。
 萩野さんの腕時計がなくなった朝も、入れ違いで昼勤に入っていたんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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