よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 おかしな事件は、ほかにもありました。
 見つけたのは私です。春先、主任の杉内さんが持ってきた、ベルギー旅行へ行った妹さんのおみやげだというチョコレート。
「みんなで食べて」
 と言って、休憩室のテーブルの上に箱を置いておいてくれたんです。半日かそこら経ったころ、その箱がなくなっていました。
 杉内さんのチョコレート、もうないのかな。一個か二個は食べたかったのに。
 そう思って、ふとごみ箱の中を見たら、チョコレートの箱がありました。箱だけじゃない。チョコレートもたくさん散らばっている。
 誰かが、中身ごとぜんぶごみ箱にぶちまけたんです。
 ごみの中に突っ込まれた、杉内さんのチョコレート。見下ろしているうちに、私の背筋が冷たくなりました。
 悪意。
 ひとりの人間の、噴きこぼれるような悪意が、まざまざとそこに見えたように思いました。
 まともじゃない、かなり異常な人間である「誰かさん」……

 それから、だんだん暑くなって来た時期のことでした。
 休憩室には私たち用の小さな冷蔵庫が置かれているんですが、その中に入れておいた各自の飲みものの味がおかしかったことがあったんです。そのことが起きたとき、ちょうど私は非番だったんですが、ペットボトル入りのスポーツドリンクを冷やしていた萩野さんは、台所洗剤みたいな臭いがした、と言っていました。
「飲もうとしたところで気づいたからよかったけれど、うっかり飲んだら体調を悪くしたかもしれないね」
 それを聞いた蓮沼さんは、自分のお茶は飲まずに棄ててしまったのだそうです。正解だと思います。きっと、みんなの飲みものに洗剤を入れたんです。
 そう、おそらくは「誰かさん」が。

 もしかしたら、その時点で警察に届けるべきだったかもしれません。
 いたずらじゃ済まない。立派な犯罪ですものね。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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