よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

     四

「誰かさん」が藤井さんだという、確かな証拠はありません。
 でも、彼女以外には考えられないんです。
 内科病棟の看護師仲間はみんな、仲良くやっていました。その中で、藤井さんだけが異質だった。とくにあの時期、藤井さんはみんなから浮いた存在でした。だから、いやがらせにあのような行為を繰り返した。そう考えれば辻褄(つじつま)は合います。
 こんな風に想像しているのは、私だけじゃないはずです。
 きっと、みんなだって、同じように疑っているに違いありません。
 だって、ああした一連の事件が起こっていたとき、藤井さんだけは被害に遭わなかったんですからね。
 それから、記者さんもお調べになっている、去年の夏の事件です。二週間のあいだに、二人の患者さんが亡くなった。そのこと自体は稀(まれ)なことではないにせよ、二人とも長くない入院期間で容態が急変されているし、藤井さんがべったり構っていた患者さんでした。怪しいといえば怪しいんですよ。
 警察は夏の二件だけ調べていたみたいですけど、実際は二件ではないかもしれません。藤井さんがE病院にいて、やたらと面倒をみていた患者さん、ほかにも亡くなっていますもの。
 むろん、藤井さんが夜勤のときだけ必ずそうなった、ってわけでもなかったですけどね。
 ひとつ思い当たるのは、Sさんのことです。
 藤井さんが、みんなの前で泣き出しちゃった、あのときがきっかけだったように思うんです。

     *

 病棟で、ある患者さんが亡くなられたときでした。八十代の女性で、Sさん。末期の胃がん。入院してきたときは、もう手の施しようがない状態でした。息子さん夫婦からは、やれるだけの治療をしてほしいと言われたんですが、手術することもできず、日に日にベッドの上で衰弱していくのを見ているしかなかったんです。入院当初は歩くことも、笑いながら雑談することもできていたのに、そのうち起き上がってトイレに行くことができなくなり、意識が遠のく時間がだんだん長くなっていく。私たちは点滴を換え、呼吸器を設置し、下(しも)の世話をしながら、ただ見守るだけです。
 Sさんの死期がいよいよ近づいたのは、深夜でした。その日の夜勤は萩野さんで、最期を看取るのに間に合うよう、息子さんに連絡をしました。息子さんご夫婦とお孫さん姉妹が病院へ駆けつけて、Sさんの臨終に間に合いました。そこまではよかったんです。
 問題が起きたのは、二日ほど経ってからです。
「なぜ、死に目に間に合うよう、自分を呼んでくれなかったんだ」
 Sさんの娘さんが、ナースステーションに怒鳴り込んで来たんですよ。
「看護師さんには前もってちゃんと頼んでおいたのに、約束を破った。どうしてくれる」
 凄(すさ)まじい剣幕でわめき散らして、その場にいた杉内さんや私は茫然(ぼうぜん)とするばかり。事情が判明して、娘さんが鎮まってくれるまでひと苦労でした。
 騒動の原因は、藤井さんですよ。
 Sさんが入院した際、付き添っていたのは息子さん夫婦ですが、お見舞いには娘さんも来ていました。そのとき、娘さんはSさんの担当だった藤井さんに、母親が危篤になったら自分に連絡をよこすよう伝えていたんです。珍しくもないことですが、息子さん夫婦と娘さんは犬猿の仲だったみたい。兄妹は他人のはじまりって本当ですね。
 ところが、藤井さんはこのことをほかの看護師に知らせていなかった。
 藤井さんは、例によって患者さんからは丁寧に見える仕事ぶりで、Sさんにもご家族にも気に入られていたんです。Sさんにだらだらべったり張りついて、みんながそのしわ寄せを食う。藤井さんにだけわかっていて、ほかの看護師にはわからない事実を抱え込む。患者さんとしては、ますます藤井さんばかりを頼りにしますよね。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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