よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

「今回はカンファレンスが必要じゃない?」
 言い出したのは、杉内主任だったと思います。それで、Sさん家族の問題を踏まえた、看護師たちの反省会をしたんです。
「Sさんの娘さんの件、どうして私たちに言わなかったの」
 杉内さんが穏やかに訊くと、藤井さんはうつむきました。
「うっかりしていました」
 言いかけるのに、私は思わず声を荒らげてしまいました。
「うっかり?」
「みなさんに話そうとは思ったんです」
 藤井さんはもぞもぞと続けました。
「でも、あんなに急にSさんの容態が悪くなるとは考えていなかったんです。もう少しあとで話しても間に合うと思って、つい延ばし延ばしにしてしまいました」
 よく言うわ。私はあきれました。誰がどう見たって、Sさんが亡くなるのは時間の問題でした。
 そりゃ、いくらか早かったかもしれませんが、早すぎるというほどではないはずです。
「ご家族の問題はさまざまだから、どう判断すればいいかは難しいことなんだけれど」
 杉内さんは、私を眼で制しながら、静かに話を進めようとします。
「だからこそ、ああいう微妙な情報は、みんなで共有すべきだったよね」
 私は黙っていられませんでした。
「責任も取れない、中途半端なくせして、患者さんの家族に立ち入るからいけないんじゃないの」
 萩野さんもばっさりと言いました。
「今度のことは、藤井さんに配慮が足りなかったと思う」
 萩野さんの場合、藤井さんが悪いのに、まるで自分の落ち度のように罵(ののし)られたのだから、もっと言ってやってもいいくらいです。
「わたしは、立ち入ったつもりはありません」
 藤井さんが消え入るような声で返しました。
「むしろ、Sさんのご家族、それぞれの方々の立場やお気持ちを思ったからこそ、みなさんにもなかなか切り出せなかったんです」
 使えない馬鹿が、生意気な。蚊の鳴くような声で反論しやがるか。
 私はかっとしました。
「ご立派だわ」
 半笑いで言っちゃいました。
「どれだけ自分が有能だと思っているわけ、あんた?」
 私としては、ふだんの鬱憤が溜まりに溜まっていたんです。それが、一気に噴出しちゃったんです。
 次の瞬間、藤井さんは泣き出しました。
 それも、しくしくぐすぐす泣くのじゃない。幼児みたいにわあわあ泣き出しちゃったんです。
「藤井さん、泣くんじゃないの」
 杉内さんが慌てて身を乗り出しました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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