よみもの・連載

本日はどうされました?

第三章 菊村美知(きくむらみち)の話

加藤 元Gen Kato

「なにも、あなたを責めているんじゃないのよ」
 いや、私は藤井さんを責めたんですけどね。
「藤井さん、わかったから泣かないで」
 蓮沼さんも横から藤井さんの肩を抱くようにしてなだめます。けれど、藤井さんは泣き止みませんでした。
「菊村さんも言葉が過ぎたけど、あなたのためを思ってのことなんだから」
 杉内さんの慰めに、口があんぐり開きそうになりました。藤井さんのためなんて思ってないよ。私の腹いせのために言っただけだってば。視線の先で萩野さんが苦笑していました。
 藤井さんがそんな状態になっちゃったので、カンファレンスはおしまいです。まったく子供ですよ。それも、ずるい子供。泣かれたら、まるきり私が加害者で、藤井さんが被害者みたいじゃありませんか。

 蓮沼さんのネックレスがなくなったのは、それからすぐあとだったんです。そしてその後の厭な出来事と、患者さんが続けて亡くなったこと。
 関係あるように思いません? ないと考える方が無理ですよ。そう思いませんか?
 藤井さんはE病院を辞めていきました。そして、藤井さんがいなくなったあとは、おかしなことはぱったり起こらなくなったんです。

    *

 私は、藤井さんが嫌いでした。
 でも、そんな風に思っていたのって、私だけじゃないはずですよ。
 藤井さんのことは、みんな、多かれ少なかれ、違和感を覚えていたんじゃないかと思います。
 杉内さんだって、藤井さんの扱いには困っていたし、萩野さんも、藤井さんとの勤務のあとは、疲れきっていました。もっとも、彼女は私より寛大だから、態度にはぜんぜん出していませんでした。私にはとても真似ができません。蓮沼さんはいちばん彼女の相手をしてあげていたみたいだけど、内心はうんざりしていたんじゃないかな。
 だからみんな、藤井さんが辞めると聞いたときは、ほっとしたんですよ。
 私だけじゃありません。みんな、彼女がいなくなってせいせいしたんです。

 藤井さんが、O病院の事件のように、患者さんたちを殺したと思うかって?
 やりかねませんね、彼女なら。
 え、私以外に藤井さんを疑っているひと、ですか?
 みんなですよ。杉内さんだって、萩野さんだって、蓮沼さんだって。そりゃ、はっきりそうは言わないかもしれませんけどね。腹の中ではみんな藤井さんならやってもおかしくないと思っていますよ。
 だって、そうでしょう? 私たちの中で、まともじゃない、異常な人間なんて、ほかにいません。
 藤井さん、彼女だけしかいないんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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