よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

 新学期の二日め。
 まなちゃんは、四十センチ四方ほどの水槽を抱えて登校して来た。
「どうしたの、これ?」
「教室で金魚を飼うの」
 まなちゃんは、当然、といった風に答えた。
「私、三年生のときも生物係(いきものがかり)だったから、今度も飼うの」
「へえ、そうなの」
 すんなり受け流したが、不思議な気もした。新学期ははじまったばかりなのに、まなちゃんはすっかり生物係になるつもりでいるみたいだ。係を決めるのは、学級会で話し合いをしてからじゃないのかな。少なくとも前の学校ではそうだった。生物係は学校全体で飼っているにわとりとかうさぎの世話ができるから、わりに人気があった。希望者の五、六人がじゃんけんをして、ようやく決めていたものなのに、この学校では状況が違うんだろうか。
 結果から言えば、そんなことはなかった。この学校でも生物係は人気で、なりたい子は何人もいた。しかし、新学期三日めには、水槽の中にはオレンジ色の小さな金魚が五匹、すいすいと身をくねらせて泳いでいたのだ。むろん、持ち込んだのはまなちゃんである。立場は強かった。
「ずっとお世話をして来たのだし、金魚の育て方はいちばんよくわかっているでしょうからね」
 と、担任の芦田(あしだ)先生が後押しをする形で、まなちゃんが生物係になることは確定してしまった。
「ずるいよね」
 聞こえよがしに言う子もいた。
「私もやってみたかったな、生物係」
「自分のうちで飼えばいいのにね」
 いまいましげな囁(ささや)き。舌打ちと溜息。
「いつもああだよね、あの子」
「強引」
「わがまま」

     *

 やがて、あたしは徐々に知っていくことになるんです。
 最初に会った日、まなちゃんがクラスの誰からも話しかけられずにいた、その理由を。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

Back number