よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

     二

 まなちゃんは、水槽に水草を浮かべたり、日向水(ひなたみず)を用意したり、金魚を別の容器に移して水槽を洗ったり、とてもまめだった。あたしも手伝った。あたしは生物係ではなく図書係だったのだが、もうひとりの生物係である男子がまったく協力してくれなかったからだ。
「下手に手を出すと、文句を言われるもんな。やらないよ」
 というのが、その子の言いぶんだった。
「金魚が死んだのも、おれのせいにされたしな」
 確かに、まなちゃんはそう言っていた。あいつが餌をむやみに入れたから、金魚が二匹も死んだのだ、と。
「餌にだって、やり方があるの。あの馬鹿、ちっともわかっていない」
 まなちゃんとあたしは、校舎裏のつつじの植え込みの根もとに、二匹の死骸を埋めた。
「可哀想(かわいそう)ね」
 こぶし二つほどの穴を掘って、金魚を置いて、上からさらさら土をかける。
「また、新しい金魚を持って来なきゃ」
 まなちゃんが呟(つぶや)いた。
「おうちでは飼えないの?」
 あたしは訊(き)いた。
「生きものを飼うのは厭(いや)だって、おかあさんが言うの」
 まなちゃんの声はいくらか沈んでいた。
「面倒をみるなら、最期まで見届けてやるのが務めだ。赤ちゃんのときは愛らしいけれど、そのうち病気もするし、年齢(とし)もとる。汚くなってくさくなって、よれよれのぼろぼろになる。死ぬまで責任を取らなければならない。だから犬も猫も飼いたくないんだって」
「そりゃ、そうだろうけどさ」
 あたしの家でも、二年ほど前までは犬を飼っていたけど、死んじゃって、とても悲しかった。黒くてふとった雑種の犬で、頭がよくてやさしかった。名前は銀之助。あたしがおにいちゃんに泣かされると、頬をぺろぺろ舐(な)めてなぐさめてくれたっけ。そりゃ、死ぬ前はすっかりおじいちゃんになって、皮はたるんで歯は抜け、くさくなってよたよたしていたけど、大好きだった。また銀之助みたいな犬が欲しい。でも、あのとき、うちのおかあさんも泣きながら言っていたな。
 こんな風に見送るのはつらいから、もう犬は飼わない。
「犬か猫が飼いたいよね」
 あたしは訊いた。まなちゃんから返って来たのはまったく違う答えだった。
「私ね、おかあさんが病気のとき、好きなんだ」
「へ?」
 まなちゃんのおかあさんは、仕事で毎日おうちにいない。帰って来るのはたいがい夜遅く。仕事のおつき合いで夜も出かけちゃうことがある。だけど、たまにおかあさんが風邪をひいたりすると、仕事を休んでおうちにいてくれる。だからおかあさんが病気になるのが嬉しいのだと、まなちゃんは言った。
「具合が悪いおかあさんの面倒をみてあげるの。おかあさんも褒めてくれる。嬉しいじゃない」
「そうなの?」
 あたしは首を傾(かし)げた。あたしとは違う。あたしなら、自分が病気になって、おかあさんにべったり看病してほしい。その方がよっぽど嬉しい。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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