よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

「自分が世話を焼いてもらう方がよくない?」
「よくない」
 まなちゃんはきっぱりと答えた、
「私は、おかあさんのお熱を測ったり、お薬を飲んでもらったり、ごはんを食べさせてあげたりしたい」
 あたしにはまったくわからない。
「おかあさん、病気のあいだは、私の言うことを何でもよく聞いてくれる。TVは観ちゃ駄目。本は読まない。ただ眠って、休んでね。そう言うと、はいって素直に頷いて、眼をつぶってくれる。わたしの言うとおりにしてくれるんだ」
「ふうん」
 あたしだったら、おかあさんがそんな風にしてくれたって、ありがたくも何ともない。やはり面倒をみてもらう方がいい。熱のあるおでこに冷たい手を当てて熱を測ってもらったり、ベッドまでごはんを運んでもらったりしたい。
「まなちゃんは変わっているね」
 あたしは言った。
「犬も猫も欲しくないよ」
 まなちゃんは答えた。
「おかあさんが厭だって言うんだから、私だって厭」

     *

 考えてみたら、まなちゃんからおうちの話を聞いたのは、それがはじめてだったかもしれません。

     *

 夏休みのあいだ、生物係のまなちゃんは水槽と金魚を自分の家に持ち帰ることに決めた。まなちゃんはバケツに移した金魚を、あたしは空の水槽を持った。図書係なのに手伝わされたのだ。
「自分のうちで飼えばいいのに」
 教室を出るとき、そんなひそひそ声がまた聞こえた。四月から七月、まなちゃんと仲良くなったおかげで、あたしの交友関係はまったく広がっていなかった。ほかの子たちから無視されたりいびられたりまではしなかったけれど、積極的に話しかけてくれる子はほとんどいなかった。
「ねえ、どうしてあの子とつき合っているの」
 話しかけてくれたかと思えば、皮肉っぽく訊かれるのだった。
「あの子、身勝手だと思わない?」
 いくらか思う。ことに、家まで水槽を運んであげたというのに、
「ありがとう。じゃあね」
 と、眼の前で玄関のドアを閉められてしまった瞬間など、深く深く思ってしまう。あんた、それはないだろう。なにも、家に招き入れて欲しいとまでは考えない。けど、室内に荷物を置いてから、あたしを見送ってくれるくらいはしてもいいんじゃないか。まなちゃんの家とあたしのマンションは、学校を中心にして反対の方角にあるのだ。歩いて二十分以上かかる。あたしの家までついて来てくれとは言わない。でも、自分の手伝いをしてもらったあとなのだから、せめて学校の近くまで送ってくれてもよさそうなものだ。少なくとも、あたしが逆の立場なら、そうする。
 それが、じゃあね、ばたん、である。
 だが、仕方がない。
 まなちゃんとつき合わないと、友だちはいなくなる。あたしは孤立する。それだけは避けたい。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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