よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

     *

「ものすごい叫び声がしたよ」
 あとで、おにいちゃんからはさんざん馬鹿にされた。
「人間の声じゃない。怪獣かと思った」
 あたしは言い返せない。事実は事実だ。その朝、あたしはわめき散らして家族みんなを起こしたのだ。
「縁日でいろいろ食べさせ過ぎたせいじゃないのか」
 父親は真顔で言っていた。
「あんず飴に広島焼き、いか焼きも食べたろう」
 母親がつけ加える。
「かき氷もね」
「食べ過ぎだ」
 わかっている。
「いくらお祭りだからって、調子に乗るからよ」
 かもね。あたしはむっつりうなだれて両親の話を聞いていた。
「きっと消化不良だったんだ」
 そんな理由でみた夢だったとは思いたくない気もする。しかしまさか二段構えの夢だなんて。

     三

 二学期がはじまった。
 まなちゃんの水槽と金魚も、教室に戻って来た。水槽の中を見て、あたしは気づいた。「金魚の数、増えたね。七匹?」
「九匹」
 まなちゃんは嬉しそうに答えた。
「よく見て。お祭りのとき、金魚すくいをしたの。前のと合わせて九匹」
「見かけたよ。あじさいの浴衣を着ていたね」
 まなちゃんは、ふうん、とだけ返した。
「声もかけたよ。まなちゃん、聞こえなかったみたいだけど」
「聞こえていた」
「え?」
 まなちゃんの返事に、あたしは耳を疑った。
「どうして返事をしてくれなかったの」
「おかあさんと一緒だったんだもの。邪魔をされたくなかった」
 邪魔って。あたしは二の句も継げなかった。

     *

 どうしてあの子とつき合っているの? あの子、身勝手だと思わない?
 うん。思う。しみじみ思う。
 まなちゃんて、ちょっと、いいや、けっこうひどくない?

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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