よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 九月の半ばになったころだっただろうか。
 朝、あたしが登校すると、教室の後ろの方にみんなが集まって、ただならぬ様子でざわついていた。
「どうしたの」
 ひとりの子が、無言のまま視線を移した。
 ロッカーの上、金魚のいる水槽。
 オレンジ色の金魚は、すべて腹を見せて浮いていた。
「ひどいよ」
 誰かが泣き出した。
「水槽の水が原因じゃない?」
 そういえば水の色が変だ。くさい。お酢みたいなにおいがする。あちこちで疑惑の声が上がる。
「毒を入れられたんだ」
 あたしは眼でまなちゃんの姿を探した。
「先生を呼んで来いよ」
 いない。まだ登校して来ていないんだ。
 この一週間ほど前、まなちゃんは生物係ではなくなっていた。おれのうちにも金魚がいるからここで飼いたい、と、ある男子が言い出したのがきっかけだ。まなちゃんは反対をした。
 この水槽には、そんなにたくさん金魚は棲(す)めない。
 けど、その言葉は、ほかの子たちの猛反撃を浴びたのだった。
 クラスの問題でしょう。みんなで決めましょうよ。
 学級会が開かれ、たくさん金魚がいた方が楽しいと思います、という圧倒的多数の声にまなちゃんは負けた。水槽の金魚は三十匹ほどに増え、三日ほどのちに行われた係決めでは、まなちゃんは生物係になれなかった。
 みんな、一学期とは違う係になった方がいいと思います。女子のひとりがそう提案し、ほかの子たちもそれに賛成したのだ。まなちゃんには為(な)すすべがなかったろう。すでに金魚の半数以上がまなちゃんの所有物ではなかった。
「まなちゃん」
 あたしは、ようやくまなちゃんの顔を見つけた。
 教室の前の扉のところで、ひとり離れてこちらを見ている。
「おはよう、まなちゃん。大変だよ」
 あたしはまなちゃんに駆け寄った。
「金魚が」
 言いかけると、まなちゃんはきつい眼であたしを見返した。
「死んだんでしょう。知っている」
 それから、うっすらと笑った。
「言ったでしょう。あの大きさの水槽に、たくさんの金魚は棲めないって」
 笑ったのだ。
「私が係のままだったら、金魚たちは死ななかったのにね」
 背筋に冷たい棒を当てられたような気がした。
「あのままじゃ、酸素不足で死んじゃうよ。一匹一匹、苦しんでじわじわ死んでいく。そんなの可哀想じゃない」
 まさか。

 まなちゃんが、やったの?

 あたしは、訊いたのだ。
 そして、まなちゃんの返事も、聞いた。

 私は、最期まで見届けた。死ぬまで責任をとったの。それだけだよ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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