よみもの・連載

本日はどうされました?

第四章 稲本亜須香(いなもとあすか)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 夢の中。
 あたしを追いまわしていた怖いものが、ドアを開けたところで待ち構えていた。
 怖いものは、まなちゃんだった。

     *

 その後も、あたしとまなちゃんは、友だちではあった、と思う。
 五年生になるときのクラス替えで、まなちゃんとあたしはクラスが分かれた。あたしには、ほかに仲良しの子ができた。自然、まなちゃんとは離れていく。まなちゃんがひとりになる。すまないような気もした。でも、ほっとしていた部分もあった。
「あの子といて、楽しかった?」
 仲良しの子に訊かれたこともある。
「変じゃない、あの子?」
 否定できない。嫌いじゃなかったけれど、まなちゃんは確かに変だ。不愉快なこともいろいろあった。
 金魚のことは、けっきょく誰にも話していない。

 六年生のころだったと思う。
 偶然、駅ビルの本屋で、まなちゃんと会った。マンガの単行本を買いに行って、レジの前で視線が合った。
「亜須香ちゃん」
 まなちゃんは、参考書を持っていた。それと、看護師の本。あたしは驚いた。
「看護師になりたいの?」
「そう。専門の学校に行くつもり」
 まなちゃんと看護師という職業が、すぐには結びつかなかった。看護師になるような子は、世話好きという印象がある。具合が悪くなった子に付き添ってあげたり、やさしい言葉をかけてあげたり、保健室に連れて行ってあげたり。まなちゃんはまるきりそういう型(タイプ)じゃなかった。世話をしていたのは金魚だけだった。それも、あんな風に、ばっさり切り棄(す)てたのに。
「看護師になりたかったの?」
 あたしは繰り返した。きっと、疑わし気な声が出ちゃったと思う。
「なりたい」
 まなちゃんの返事は決然としていた。
「看護師になるよ」

     *

 まなちゃんとは、長いこと、顔を合わせていません。
 あれから志望どおり専門学校に受かって、看護師になったとは聞いたけど、詳しいことはなにも知らないままです。
 まなちゃんは、どんな大人になって、どんな看護師として働いているんだろう。正直言って、知るのが怖い気がします。
 ひょっとしたら、まなちゃんは、看護師になってはいけない人間だったんじゃないか。
 あたしには、そう思えてならないんです。
 なにも、まなちゃんが今回、恐ろしい罪を犯したと決めつけるわけじゃありませんけれど……

 金魚が死んだ、あの日からずっと、あたしにとってまなちゃんは「怖い」なにものかなんです。
プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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