よみもの・連載

本日はどうされました?

第五章 佐倉早織(さくらさおり)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 事件性を疑われているのは、二件。
 AさんとBさん。どちらも高齢の女性で、入院生活を送るうち、容態が急変して亡くなっている。藤井さんは、そのふたりの患者を担当していた。行動のいくつかに疑わしい節があり、直後に病院を辞めている。
 それだけ?
 たったそれだけの理由で、藤井さんを犯人扱いするんですか。おかしいです。担当の看護師は、藤井さんだけではないでしょう?
 疑わしい行動って、どんなものですか?
 同じ病棟の看護師仲間から孤立していた? カンファレンスでミスを責められて泣き出してから、看護師たちのあいだでアクセサリーの盗難や携帯電話の投棄、飲みものへの異物混入などが頻発し、その犯人は藤井さんに違いないと言われている?
 言われている、って、誰にです? 証拠はありますか? その、仲の悪い「看護師仲間」とやらが言っているだけじゃないんですか? そうでしょう?
 藤井さんがそういうことをしている現場を目撃した人間がいますか? 監視カメラの映像でも残っているんですか? ない? だったらなぜ藤井さんが疑われるんです? 藤井さんに好意を抱いていない、むしろ悪意を持っている人間の証言なんて、信じられます?
 もし、仮にですよ、藤井さんがそういった陰湿ないやがらせをしていたとしても、していたとは思いませんけれど、患者さんの不審死とは、まったく別の話でしょう? 
 いずれにしろ、藤井さんを犯人と決めつける根拠としては弱すぎます。そんなことで警察が動くなんて、信じられない。たとえ警察が調べたって、証拠なんて見つかりますかね。そのAさんとBさんだって、死因そのものに不審な点はなかったんでしょう。あれば、亡くなった時点で事件になっているはずですもの。現時点では調べようがないでしょう。火葬にされちゃっていますよね。
 E病院内では、藤井さんがあやしいという噂が拡がっている。そんなの、ただの噂ですよ。病院を辞めたという藤井さんへの中傷です。いないひとの悪口を言うのは簡単ですもの。たちの悪い噂です。
 O病院で起きたことは、あくまで稀(まれ)な事例です。私はそう思います。O病院で起こったからって、E病院でも同じことが起こるなんて、そんな馬鹿馬鹿しい話はありませんよ。誰かの毒のある妄想が生み出したまぼろしなんじゃないですか。
 はい? 看護師による患者殺しは、それほど珍しい事例じゃない。外国にもいくつか例があるし、日本でも似た事件はあった? 
 そうなんですか。でも、それって、そんなに頻繁に起きていますか? 
 違うでしょう? 
 確かに同じような事件はあるかもしれない。でも、殺人事件全体から見れば、わずかな
ものでしょう? そんな物騒な看護師がごろごろいるものじゃありませんよ。そもそも、看護師は苦しんでいる誰かを助けたいからその職業を選んでいるんです。全員がそういう動機じゃないかもしれませんけど、少なくとも私はそうでした。
 藤井さんだって、同じです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

Back number