よみもの・連載

本日はどうされました?

第五章 佐倉早織(さくらさおり)の話

加藤 元Gen Kato

 患者さんには生きて欲しい。それが可能な限り、元気になって退院してほしい。そう考えて、みんな真面目に働いているんです。変な色眼鏡で見て欲しくない。
 だいたい、藤井さんが連続不審死に関わったなんて言い出したのは、患者さんじゃないでしょう。どの病院だって、患者さんが亡くなった際は、ほかの患者さんにはなるべく知られないようにするものです。何号室の誰々さんはどうしたの、と訊(き)かれたら、退院した、という答え方をしたりね。亡くなられた事実が見えにくいようにしているんです。だから、患者さんのあいだで囁(ささや)かれ出した噂ではない。例の「看護師仲間」からでしょう? それ以外は考えられませんよね。
 だったら、想像はつきます。
 藤井さんは、非難されやすい人間なんです。口下手だし、要領もよくないし、不器用。なかなか他人に打ち解けない。頑固でもある。よけいな敵を作りやすい。集団生活は苦手なひとです。なにか異常事態が起きたら、最初に疑われるのが彼女です。でも、よくよく調べてみたら、違うひとが原因だったりするんですよ。
 E病院の事件だって、そういうことなんじゃないんですか?
 ええ、そうです。私は、藤井さんが患者さんを殺したりはしないと、信じています。
 彼女は、それほど立派な看護師とはいえないかもしれませんが、殺人犯ではありません。どこかの誰かが無責任に言いふらした悪意ある噂。そんなものに飛びついて、彼女を犯人扱いした記事を書くなんて、許せない。
 週刊誌の記者さんたちにとっては、ページを埋めるためのネタのひとつに過ぎないんでしょうけど、藤井さんにとっては人生です。噂なんですが、こいつが疑わしいです。こいつはおかしいって関係者が語っています。いい加減な伝聞をもとに私生活を暴き立てて、藤井さんを晒(さら)しものにする気ですか。
 許されるべきじゃない。
 やり玉に挙げて叩(たた)きたいなら、無名の看護師である藤井さんじゃなくて、芸能人の不倫でも嗅ぎまわっていればいいでしょう。
 本当に、本当に、立派なお仕事ですよね。
 帰ってください。私はなにも喋(しゃべ)りません。

     二

 え?
 記者さん、藤井さんを疑っていないんですか?
 噂のような事件が起こったとするなら、もっと具体的な行動に関する証言があっていいはず。なのに、藤井さんについての聞き込みをしていても、人格非難以外の根拠がなにも見えてこない。調べるうち、わからなくなって来ていた。みな、藤井さんが悪いという思い込みから、火のないところに煙を立てているのではないか。
 ふうん、やっぱり、私が言ったとおりなんですね。
 だけど、本当にそう思うのだったら、どうして私にまで、藤井さんのことを訊くんです? 私が藤井さんと同じ病院で働いていたのは、十年近くも前なんです。藤井さんに関しては、彼女の役に立つようなことも、彼女を不利にするようなことも、どちらも言えない。記者さんが記事に書けるような話はなにもできませんよ。
 書けなくてもいい?
 興味本位なだけのいい加減な記事は書きたくない。ただ、取材をはじめた以上は少しでも真実に近づきたい。
 本当に?

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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