よみもの・連載

本日はどうされました?

第五章 佐倉早織(さくらさおり)の話

加藤 元Gen Kato

 患者さんを興奮させるような訊き方をするなんて、なにを考えているの。指導者の先輩からは、あとでみっちり叱られました。でも、ただ質問をしただけで怒り出すなんて、当時の私は考えませんよ。むろん、先輩が問診するのを、二度か三度か横で見ていたことはありますから、自分としては同じようにしたつもりだったんです。違うとしたらやはり私の年齢と、自信のなさがにじみ出た態度だったんでしょうね。そればっかりはしょうがないんです。経験を積むしかないことなんですから。師長はそのあたりを汲(く)んでくれたのか、患者さんの身になりなさい、としか言いませんでした。けど、あの時点ではねえ。自分の「やらねばならぬ」「とっとと進めねばならぬ」でいっぱいいっぱいで、患者さんの顔色を見るゆとりはまったくありませんでした。
 その患者さん、肺癌(はいがん)だったんです。手術をして、いったんは退院されたんですが、けっきょく転移が見つかって、亡くなられました。ふたりのお子さんもまだ小学生だったそうですから、情緒不安定にもなりますよね。
 今ならね、怒らせないで、必要な事柄がきちんと訊けると思います。そう、現在であれば。


     *

 私と同様、藤井さんも毎日やらかしていました。
 どんな失敗かって? 清拭(せいしき)にも検温にも、やたら時間がかかっちゃったり、先輩への申し送りが言い落としばかりであたふたしちゃったり、上がりの時間を二時間過ぎても看護記録が書き終わらなかったりは、毎日でしたよ。先輩から注意をされどおしで、落ち込むのも毎日。
 S病院には看護師の寮がありました。病院からは歩いて三分の距離にある鉄筋のアパート。藤井さんは実家が遠かったので、その寮に入っていたんです。私は実家からの通勤。家から近いからS病院に就職を決めたようなものだったんですが、よく彼女の部屋に泊めてもらいました。1K六畳、ユニットバスの狭い部屋でしたけどね。その部屋で愚痴をこぼし合っていました。休みの日、一日じゅう彼女の部屋でごろごろしていたこともあります。愚痴を言うのは、私の方が多かったかな。藤井さんは、慰める側だった気がします。先輩からがんがん叱られると、がっくりは来ていたんでしょうし、しょっちゅうめそめそ泣いていましたけど、わりとすぐ立ち直るんです。私はいつまでもうじうじしていましたけどね。藤井さんの方が強かった。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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