よみもの・連載

本日はどうされました?

第五章 佐倉早織(さくらさおり)の話

加藤 元Gen Kato

 藤井さんの欠点? そうですね。ひとりの患者さんにかかりきりになり過ぎちゃうところかな。
 ナイチンゲールに言わせれば、「小管理」が欠けているわけです。患者さんに親身になるのはいいんですよ。でも、病院では、藤井さんがいなくても、誰でも藤井さんの役割を務めることができるよう、看護師同士で情報を共有し、チームとして行動しないといけない。それが藤井さんには苦手だったんです。患者さんと繋(つな)がることは上手だったけど、患者さんから得られた情報を仲間に伝えることが、うまくなかった。
 患者さんと繋がることができる、って、口では簡単に言えますけど、難しいんですよ。患者さんだって、いろいろいますからね。
 看護師を、何でも自分の言いなりになる下僕みたいに思っているひとだって、なかにはいるんです。威張り散らすの、女性にもいるけれど、男性に多いです。こちらがなにもお返しできないから、よけい図に乗るんでしょうね。
 不機嫌も、病気のせいなのかもしれない。
 そう思って辛抱するけれど、私たちだって、いつもいつも完全無欠なプロフェッショナルでいられるわけじゃない。職業に看護師を選んで、看護師の職務を忠実にこなしたいと願い、努力するだけ。ひと皮剥(む)けば、患者さんと同じ。あらの多い、ただの人間。ですから、傷つくし、苦しみもするんです。当たり前の話ですけどね。真面目な子ほど、無力感も覚えるし、患者さんに負の感情をぶつけられれば絶望もする。
 藤井さんには、できた。患者さんになにを言われようが、ものを投げつけられたり食器をひっくり返したりされようが、どうしたんですか、大丈夫ですよと繰り返しなだめて、相手を落ち着かせることができたんです。
 看護師としてすごい能力だと思います。私には、とてもあそこまで辛抱できません。
 藤井さんは、患者さんの話を聞くことはできるし、理解もできる。けど、それを看護師同士で伝達するとなると、絶望的に下手だった。これが、親しい人間同士だけの話なら問題はないんです。藤井さんが黙っていても、私ならいろいろ問いただして答えを引き出すことができる。もたもた説明をされたって、彼女がなにを言いたいのか、だいたい察しもつくんです。でも、仕事場って親しい相手ばかりがいるわけじゃないですからね。
「どうしてはやく言わないの」
「なにを言っているのか、わからない」
 焦(じ)れた先輩にせっつかれ、叱られるうち、藤井さん、だんだん先輩から嫌われるようになってしまったんです。半年も経つころには、指導者だった先輩だけじゃなく、ほかの先輩たちからも、露骨に黙殺されるようになっていました。藤井さんが眼の前にいるのに、私にだけ用事を言いつけたりする。そのくせ、気難しい、面倒そうな患者さんはみんな藤井さんにつけちゃうんです。いじめですよ。どうしようもなかったです。これじゃ看護に必要なチームワークなんか、ますます取れっこないですよね。自分たちで対話を断ち切っておいて、悪いことはぜんぶ藤井さんの責任にされていた。
 確かに、藤井さんの欠点って、ある意味では致命的ですよ。だけど、藤井さんが「病人についての第一原則」「病人を敵から解放する」ことに一生懸命なのは確かだったんです。
 かかりきりになるほど打ち込んじゃう。そのこと自体は、欠点ではあったけど、良いところでもあったんですよね。むろん、みんながみんな、そうだったら困るけれど、チームのうちひとりくらいはそういう看護師がいてもよかったんじゃないか、と思います。全員が同じように動いているのもおかしいじゃないですか。
 でも、私たちがいた病棟では、そう考える人間はいなかった。あんなに患者さんのことを考えている子はいないのに、理不尽な気がします。
 これまで藤井さんのことを、そんな風に言うひとはいなかった? 
 みんな、彼女とじっくり話をしたことがないからですよ。あいつは駄目だ、変だと決めつけて、仲間外れにしておしまいでしょう?
 藤井さんがうまく働けなかったとしたら、許容しない周囲にも責任があるんです。私はそう思います。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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