よみもの・連載

本日はどうされました?

第五章 佐倉早織(さくらさおり)の話

加藤 元Gen Kato

 藤井さんがS病院を辞めたとき、具体的な事件やできごとはなにもなかったです。ある日、私に向かって出しぬけに、ここを辞めてほかの病院へ行く、とだけ。
 藤井さん、私にはそういった、人間関係についての愚痴はこぼしませんでした。私ならぜったい言わずには耐えられないと思うんですけど、あのひとはそういうことは言わなかった。
「ここは忙(せわ)しな過ぎるよ。E病院の内科に口があるから、そこへ移ろうと思う」
 それだけです。
 いろいろ言いたいことはあったのかもしれませんけど、彼女は本当に口下手なひとだから。

     *

 新人のころを思い出すと、胸が痛くなります。あのころは理想もあったし希望もありました。純真だったなあ。
 十年も経っていないんですけど、ずいぶん遠い昔のことみたいに思えます。

     三

 私が藤井さんについて知っていて、お話ができるのは、これだけです。
 ずいぶん難しい顔をなさっていますね。記事になりますか? ならないでしょう?
 私、週刊誌はほとんど読まないんです。電車の中吊り広告を見るくらいかな。あと、美容院に行ったとき、女性週刊誌をぱらぱらとめくってみますね。でも、たいがい芸能人の醜聞(スキャンダル)と皇室ネタばかりなんで、あんまり興味はわかないです。不倫とか薬物疑惑とか激やせしたとかふとったとか。正直言って、買ってまで読む気にはなりません。派手な見出しをつけて、煽(あお)るだけ煽って、それを面白がって買うひとがいるから、そうするしかないんでしょうけど。
 あなたも見出しを考えたりするんですか? 女性週刊誌、すごいですよね。馬鹿っ母って言葉とか、どうやったら思いつくんだろう。
 考えない? 見出しをつけるのは編集部の人間? 
 へえ、ということは、あなたは編集部のひとじゃないんですか。さっきいただいた名刺には誌名が書かれていますけど。あ、よく見たら、違いますね。フリーの記者さんなんですか。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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