よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

 刑事さんたちにも話しましたけれど、私は勤務が藤井さんと一緒になることが多かったんです。でも、おかしなところなんかまるで感じませんでした。患者さんに捕まって、無駄な長話をして、そのぶん私が忙しい。やるべきことが五つあったらそのうち三つしかこなさない、いつもどおりの藤井さん。別に、腹が立ったりはしませんでした。そういうものだとあきらめていましたよ。それに、藤井さんがいれば、助かる部分もありました。私はね。
 あのころはちょうど、手のかかるおじいちゃんが入院していましてね。名の通った企業のお偉いさんだったというひとで、退職後もその気分のまま生きているという型(タイプ)。看護師なんか、自分の使用人以下だと考えている。私たちを呼ぶときも、おい、とか、おまえ呼ばわりでした。要は横柄な方なんですよ。私は、最初に話をしたときから嫌われてしまいました。内心の反発が顔に出ちゃったみたいですね。だから、藤井さんに任せるしかなかったんです。藤井さんなら、ねちねち厭(いや)なことを言われても、理不尽に怒鳴られても、動じないで患者さんに接してくれる。そういう部分は重宝だったんですよ。私は駄目なんです。つい感情を出してしまう。患者さんとは、まさか喧嘩まではしませんけど、険悪な関係になってしまったことも少なからずあります。
 患者さんとどう距離を取って、どう接するか。私はいまだに迷っているし、わからないんです。その点、藤井さんには迷いが少ないように見えました。どんな型のひとに対しても、穏便に従順に対応する。患者さんによっては甘い顔ばかりしていられない場合もあるし、厳しくしなくてはいけない場合もある。藤井さんのやり方がいつも功を奏したとは言えないと思いますが、それでも私よりは多くの患者さんから受け入れられていた。それは確かです。
 藤井さんがその死に関わったとされている患者さん、二人めのひと。熱中症で入院された方も、ちょっと難しいひとでしたね。そうです、柳沢(やなぎさわ)はる子さん、そのひとです。病人だから無理もないんですが、いつもご機嫌斜めで、素直に話を聞いてくれない。こまごました注意でも、私が言うと角が立つから、勤務が一緒のときは藤井さんに話をしてもらっていました。でも、藤井さんが特に親しかったとか、眼をかけていた、とは言えないと思います。
 え、菊村さんは、そう言っていたんですか。「べったりしていた」って? へえ。「べったり」していた患者さんなら、ほかにいましたよ。それこそ、さっき言ったおじいちゃんとかね。面と向かってはおまえはとろくさいとか馬鹿だとか、ひどいことばかり言いながら、藤井さんがいない日は一日じゅうむっつり。口を開けば藤井はどうした藤井じゃなきゃわからん藤井を呼べって大騒ぎ。大変な気に入られようだったものです。柳沢さんはそうでもなかったと思ったけどなあ。
 それに、柳沢さんが亡くなられたとき、藤井さん、だいぶおたおたしていたように見えました。彼女は臨機応変に動ける性質(たち)じゃないですからね。もし自分で手を下したなら、当然、急変は予定どおりだったはずですよ。あんな風になるかなあ。あまりにもいつもどおり。「気の利かない藤井さん」のままでした。
 演技じゃなかったかって?
 そうは思えないです。そんな芸ができるひとじゃないですよ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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