よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

 あの日の藤井さんのあの態度が、もし演技だったら、藤井さんがあの患者さんを死なせていたのだとしたら、世の中ぜんぶが信じられない。それくらいの衝撃です。
 私は、何年も藤井さんを身近で見ていたんです。彼女は良くも悪くも見たままのひとだったと思います。
 藤井さんがひとを殺した、なんて信じられない。そもそも、藤井さんに、そんな悪意があったかなあ。
 確かに、彼女にはいろいろ問題がありました。仕事の手順が悪いし、飲み込みも悪い。強情で、他人の注意も意見も聞かない。困ったひとでしたよ、好きだったか、と訊かれれば、嫌うほどではないけど好きにもなれなかった、と答えるしかないです。
 でもね、藤井さんは、意地悪ではなかった。
 わかりますか?
 もちろん、人間ですからね。言いわけも言い逃れもしないわけじゃない。ただ、それが見え見えのひとだったんです。適当な嘘をついて誤魔化すのも、他人に責任を押しつけるのも、上手(うま)くなかった。
 だから、失敗は目立ちやすかった。ただでさえ他人よりたくさんやらかすひとなのに、よけいに悪目立ちしちゃうんです。
 なにかひとつ、こと・・が起これば、みんなはすぐ「藤井さんだ」と頷きあってしまう。そして、たいがいはそのとおり、藤井さんが原因でした。でもね、ぜんぶがぜんぶ、藤井さんが悪かったわけではなかったんです。藤井さん以外の看護師、私にだって、主任にだって、失敗はありました。
 だけど、まずみんな口にするんです。「藤井さんだ」ってね。
 藤井さんに押しかぶせれば、それでいい。そんな空気が確かにできてしまっていたんです。
 どうせ藤井さんでしょう。
 そう言えば、みんなが納得する。疑いもしない。本当にへまをした犯人は知らん顔をしていられる。
 怖い状況ですよね。

 ひょっとしたら、今度の「事件」にしても、そのパターンなんじゃないですか?
 藤井さんが犯したとされる「事件」の蔭(かげ)に、なにかを隠そうとしたひとがいるんじゃないでしょうか。
 そう考える根拠? 
 ありますよ。
 第一に、菊村さんが、藤井さんがやったと決めつけていた盗難事件だって、犯人は彼女ではないと、私は思うんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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