よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

     二

 そうです。
 なくなったのは、私のネックレスでした。
 でも、藤井さんが盗(と)ったなんて、証拠はなにもないんです。単なる言いがかりですよ。
 藤井さんは、他人の持ちものに関心は薄かったと思います。誰がなにを持っていようが、なにを着ていようが、興味がなかったんじゃないでしょうか。そうした雑談にも加わって来たことはありません。藤井さん自身、身なりを気にしている様子はありませんでした。いつも髪は後ろにくくってひとまとめだし、デニムかコットンのシャツワンピースばかり着ているし。もっとも、私が知っているのは出勤時の服装だけで、休みの日にどんな格好をしていたのかはわかりませんけどね。
 むしろ、菊村さんや萩野(はぎの)さんの方が、うるさかったですよ。服やバッグや靴やアクセサリー。ちょっと髪型を変えたとか、今日は雰囲気が違うけどこれからデートなのかとか、敏感に気づいてきゃあきゃあ笑いながら指摘して来る。女子高生みたいでした。
 もっとも、最近はそういった会話もしなくなりましたけどね。そうです、藤井さんが辞めてからは、ね。
 なぜかって?
 けっきょく、私たち内科病棟の看護師同士は、まったく仲良くなかったんですね。藤井さんがいたときは、よかったんですよ。何でも彼女のせいにできたからだったのかもしれません。藤井さんという共通の「困ったひと」がいたから、お互いの不快な部分、不満な点にも、眼を瞑(つぶ)れた。でも、彼女が辞めてからは、それができなくなってしまった。
 今じゃ、菊村さん、私とはほとんど喋(しゃべ)りませんよ。会話をするのは、仕事上の伝達事項だけです。萩野さんは、前と変わりませんけど、裏じゃどうなのかな。だって、萩野さん、しょっちゅう菊村さんの悪口を私に言って来ますからね。菊村さんと萩野さんだって、親しいのは表面上だけなんでしょう。
 そもそも、服装とかアクセサリーとかをまめにチェックして来る時点で、善意じゃなかったんだなあ、と、今になればわかります。
「今日のブラウス、可愛いね」
「前髪を変えた? 似合っているよ」
 なんて言いながら、裏へまわれば、笑っていたんでしょうね。
「三十歳を過ぎているくせに、あの水玉模様はないよね。もともと老け顔なんだから、やめたほうがいいのに」
「ブラウス自体は可愛いんだけどね」
「服が可哀想」
「前髪ひどいね。アップにしておけば無難なのに」
「若づくりしたって無駄な抵抗だっての、わからないのかね」
「家に鏡あるのかな」
 そんな感じでしょう。わかりますよ。彼女たちのふだんの会話を聞いていたらね。他人をけなして、くさして、あざ笑う。そればかりなんです。患者さんについての蔭口も、ひどいものですよ。特に、自分たちより高齢の女性に関しては辛辣でした。そればかりじゃない。もっと悪いことに、実際に意地悪な行動をするんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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