よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

「ペアの片割れ。クリスマスにねだって買わせたんですよ」
 私、にやにや締まらない顔をしていたと思います。
「見せてよ」
 萩野さんが手を差し出してきました。
 え、見せるの? 他人に触られるの、厭だな。
 そうは思いましたが、断りづらくもありました。そのころ、私、みんなにけっこう彼との恋愛話をしちゃっていましたからね。今考えると痛恨の極みです。相手に夢中でのぼせているときって、どうしてああも判断力がなくなるんだろう。
 ともかく、さんざんこっちの話を聞かせたからには、戦利品を見せなきゃいけないな。
 私は萩野さんにネックレスを渡しました。
「可愛いね」
 萩野さんが言うと、菊村さんも身を乗り出して来ました。
「私にも見せて」
 綺麗(きれい)だ。私も欲しい。口々に歓声を上げてくれました。お義理でしょうけど、そのときは面映(おもは)ゆくも幸福な気分でしたね。
 私はネックレスをハンドバッグの内ポケットに落とし込んで、ロッカーに入れて鍵をかけました。
 そうしたつもりでした。
 しかし、その日、勤務を終えて着替えようとしたら、ロッカーの鍵はかかっていませんでした。
 かけ忘れた、そう思いました。鍵をかけた記憶がないんです。それに、私のロッカーはロックが甘くて、きちんと鍵をかけても引手のところを強く叩(たた)いただけで開いてしまうんです。
 よくあることです。それなのに、なぜか胸騒ぎがしました。
 私はバッグの内ポケットを探りました。
 的中。ネックレスはなくなっていました。

     *

 胸騒ぎがした理由、そのときはよくわからなかったんです。
 でも、あとから考えてみると、あのとき、自慢たらしくネックレスを見せびらかした自分に対する、冷ややかな感情が流れていたのを、私も察知していたような気がします。
 そりゃ、あのころはみんな表面上とはいえ親しくしていたわけですし、口先では褒めるようなことを言ってくれました。うらやましがってもくれました。でも、本音は違いますよね。
「男からあんな安物をもらって、嬉しいのかね」
「彼女の恋人って、お金ないんでしょう? ずいぶん貢いでるみたいだもん」
「正規のお店で買ったんじゃないな。中古をオークションで買ったのかもよ」
 そのくらいの悪口は言っていたのかもしれません。
 誰の感情?
 菊村さん? それとも萩野さん?
 いろいろ疑いはしました。だけど、そのとき、私は藤井さんのことはまったく考えなかったんです。藤井さんに対しては、苛(いら)つくことは確かにあったけど、彼女から厭味や当てこすりを言われたことはないですし、誰かを中傷するような言葉も聞いたことがありません。
 けれど、菊村さんや萩野さんは、そうじゃありませんでした。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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