よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

    *

 私は、ネックレスがなくなったことを、すぐにみなには話しませんでした。
 自分の不注意のせいだ。そう考えるしかない。身近な「誰か」が盗んだのは確かなのだから、大騒ぎはしたくなかったんです。
 でも、誰なんだろう。
 それを知るのも、追及するのも、怖かったんです。だって、いつも笑って話している「誰か」が犯人なんですよ。
 でも、けっきょくは言いました。
「ねえ、私の腕時計を見かけなかった?」
 一週間くらいのち、萩野さんがそう言ったからです。
「夜勤の前、確かに外してしまっておいたと思うんだけれど、朝見たらなくなっているのよ」
 自分のネックレスもなくなったのだと、思わず口に出しちゃったんです。
「泥棒がいるのかしら」
 萩野さんが呟(つぶや)きました。
「厭ですねえ」
 私は頷きました。意外でした。萩野さんの時計もなくなったというなら、犯人は萩野さんではない。
 となると、菊村さん?
「ロッカーの鍵はかけた?」
 心配そうに萩野さんに声をかけている、萩野さんといつもお神酒徳利(みきどくり)みたいに親しくしている、菊村さんが犯人?
 どうして?
「他人のものに手を出すなんて、まともじゃない」
 萩野さんが、ゆっくりと言いました。
「かなり、異常な人間よね」
 妙な気がしました。萩野さんは、その言葉を、菊村さんに言い聞かせているように見えたんです。
 どうして?

 肌に粟(あわ)が生じるような、厭な感じ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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