よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 そう、私は、菊村さんが犯人だと、ほとんど信じかけていたんです。
「菊ちゃん、負けず嫌いだし、やたら他人の持ちものを気にするところがあるからね」
 萩野さんがそんなことを口にしていました。
「菊ちゃんの旦那、ギャンブラーだしね。家計も楽じゃないみたいだから、よけいにそうなっちゃうのかもね」
 萩野さんも、はっきりとは言わないけれど、菊村さんを犯人だと考えているんじゃないか。
 私はそう思っていました。
 だからその後、菊村さんが、携帯電話を失(な)くした事件があったと聞いて、意外だったんです。
「トイレの便器に棄(す)てられていたの。ひどいよね」
 そのことは、事件の翌日、ロッカールームで着替えをしているとき、萩野さんから聞いたんです。
「患者さんに教えられて、私が見つけたんだけどさ。菊ちゃん、顔面蒼白になっていた」
 萩野さんは、いささか興奮した様子で、まくし立てていました。
「昨日は菊ちゃん、藤井さんなみにいろいろやらかしちゃっていたし、私も巻き添えを食ったからね。さんざんな一日だったな」
「厭なことが続きますね」
 私は溜息をつきました。
「ネックレスを盗った犯人と同じなのかな」
「でも、菊ちゃんの場合は、すぐに見つかったんだもの。蓮沼さんの場合とは違うよ」
「ですね」
 私は、あれ、と呼吸を止めました。
 萩野さんの腕に巻かれた、時計。
「盗まれたんじゃなかったんですか?」
 萩野さんは、私の眼を見返しました。
「え?」
「時計ですよ」
 盗まれたという時計と似たようなデザイン、いや、同じじゃないかな。
「同じものよ」
 萩野さんが、私の心を読んだかのように、答えました。
「新しく買ったの」
「そうですか」
 私はそれ以上追及しませんでした。
 気に入りの品なら、同じものを新たに買い直すのは、不自然じゃありません。
 けど、もやもやしたなにかが胸に残ったのも確かです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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