よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

     三

 私は、どうして、ネックレスを盗まれたんだろう?
 品物自体が欲しかったとは思えない。そんなに高価な品じゃないですしね。
 私へのいやがらせ、意地悪、だと思うんです。理由は何なのか。もちろん、私が浮かれていたのが気に食わなかった、というのもあるんでしょうけど、それだけじゃない気がするんです。
 ひとつ思い当たるのは、あのカンファレンスです。
 病棟で、八十代の女性、Sさんが、末期の胃がんで亡くなられました。真夜中でした。夜勤の萩野さんがご家族に連絡をとったんですが、そのことがあとでトラブルになってしまったんです。
 菊村さんから聞きました? そう、息子さんに連絡をしたら、約束が違うと娘さんが激怒した。藤井さんがご家族間の問題を、私たちに伝えていなかったことが原因でした。
「Sさんの娘さんの件、どうして私たちに言わなかったの」
 杉内主任に訊かれて、藤井さんはうなだれていました。
「うっかりしていました」
 菊村さんが鋭い声を上げました。
「うっかり?」
「みなさんに話そうとは思ったんです。でも、あんなに急にSさんの容態が悪くなるとは考えていなかったんです。もう少しあとで話しても間に合うと思って、つい延ばし延ばしにしてしまいました」
 藤井さんは、聞いていてじりじりするほど、のろのろと弁解します。でも、彼女だけの問題じゃないとも、私は思いました。
 藤井さんは、私たちに伝えようとしていなかったわけじゃないんです。言おうとはしていたんですよ。
 だけど、藤井さんがなにか言おうとすると、決まって菊村さんが遮るんです。
「で?」
 って、いかにもぎすぎすした口調で吐き棄てる。
「なにが言いたいのかわからない」
 むろん、菊村さんからどう毒づかれても、それがみんなに伝えるべき事実を伝えなかった言いわけにはならない。言うべきことはちゃんと言わなければならない。藤井さんが悪くないわけじゃない。ただ、彼女だけの責任ではないと思ったんです。
「ご家族の問題はさまざまだから、どう判断すればいいかは難しいことなんだけれど、だからこそ、ああいう微妙な情報は、みんなで共有すべきだったよね」
 杉内主任は、穏やかに諭します。
「責任も取れない、中途半端なくせして、患者さんの家族に立ち入るからいけないんじゃないの」
 菊村さんが噛(か)みつきます。
「今度のことは、藤井さんに配慮が足りなかったと思う」
 萩野さんも、冷たく言い放ちました。
「わたしは、立ち入ったつもりはありません。むしろ、Sさんのご家族、それぞれの方々の立場やお気持ちを思ったからこそ、みなさんにもなかなか切り出せなかったんです」
「は?」
 菊村さんが、あからさまに嘲笑しました。
「ご立派だわ。どれだけ自分が有能だと思っているわけ、あんた?」
 藤井さんは、耐えかねたように、声を上げて泣きはじめました。
「泣くんじゃないの。なにも、あなたを責めているんじゃないのよ」
 杉内主任がなだめました。
「藤井さん、わかったから泣かないで」

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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