よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

 私も藤井さんを慰めました。本当のところ、そうする気はなかったんです。藤井さんばかりが責められるのはおかしいとは感じていたものの、泣くのも大人げないと思っていましたしね。けど、藤井さんが私の肩にしがみつくようにして大泣きしているので、慰める立場にまわらざるを得なかったんです。
「菊村さんも言葉が過ぎたけど、あなたのためを思ってのことなんだから」
 杉内主任も横からとりなします。その言葉を聞いて、私はかえって腹が立って来ました。
 菊村さんは、ここぞとばかりに嫌いな藤井さんを罵(ののし)っただけだ。彼女のためなんか思ってはいない。
 その証拠に、薄笑いを浮かべているじゃないか、萩野さん。
「こうやって、藤井さんだけを責めて終わらせる。いつもこうなりますよね。それがいけなかったんじゃないですか」
 つい、言ってしまっていました。
「藤井さんが伝えなかったのもよくないけれど、私たちも聞く努力はしなかったじゃないですか」
 藤井さんの問題点はわかっていたんだから、私たちはもう少し踏み込んで彼女から話を聞く努力をしなければいけなかった。それを怠っていたのは間違いないんです。
「だって、Sさんには藤井さんがべったりで、私たちが入り込む余地はなかったじゃないの」
 菊村さんが眉を上げて言い返します。
「作るべきでした。藤井さんだけじゃなく、私たち全員で余地を作るべきだったんです」
「そうね」
 杉内主任が頷きました。
「Sさんのことは、私たちみんなが藤井さんに任せすぎていたのは確かね。蓮沼さんの言うとおりだわ」
 みんなで考えて、改善しましょう。
 杉内主任が締めて、カンファレンスはそれでおしまいでした。全員解散、退室。残されたのは、まだぐずぐず泣きっぱなしの藤井さんと私のみ。
「藤井さん、もう泣かないでよ」
 私が藤井さんに話しかけたとき、誰かの低い声が聞こえたんです。
「裏切り者」
 聞きなれた誰の声でもない、毒を含んだ暗い声でした。
「自分(てめえ)ひとりでいい子ちゃんになりやがって、裏切り者」
 私は顔を上げました。

 ドアは閉ざされ、誰の姿もない。
 聞こえるのは、ただ、藤井さんの鼻をすする音だけでした。

     *

 あれは、誰の声だったのだろう。
 私のネックレスが盗まれたのは、あれが原因だったんじゃないかな。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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