よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

 柳沢さんへの言葉、態度のひとつひとつを、私は思い起こしました。話がしやすいとは言えなかった柳沢さん。よく眠れない、腰が痛い。訴えかけて来る不満のすべてをやんわり受け止めたとは言えない。ときには冷たい応対だと感じさせることもあったかもしれない。
 けれど、怯えさせるほどではなかったのではないか。
「柳沢さん、だいぶ神経質なひとだったですね」
 菊村さんが言いました。
「お年寄りだし、何でも悪く取っちゃうところがあったんじゃないですか。もちろん、そんな風に思われてしまった私たちも反省するべき部分はあるでしょうけど」
 いかにも、被害妄想だ、と言わんばかりの口調でした。
 そのとき、私は気づいたんです。
 いつも、彼女たちが笑い合っていた、患者さんへの意地悪。菊村さんや萩野さんは、柳沢さんに対してもしていたんじゃないかな。
「違うと思います」
 返したのは、藤井さんでした。
「ほかの患者さんからも、似たようなお話を聞いたことがあります。気のせいではありません。明らかに失礼だったり、横暴だったりすれば、患者さんには伝わります。柳沢さんも同じだったんだと思います」
 言ったな。
 私は内心、感心していました。
 藤井さんにしては、よく言えたものだ。これは、はっきりと菊村さんや萩野さんに対する批判じゃないか。
「失礼なことも、横暴なことも、していません」
 萩野さんの静かな声がしました。
「するわけがありません。私たちは看護師なんですよ。そうでしょう?」
「そうよ」
 菊村さんも、尖(とが)った声を出しました。
「誰かが柳沢さんにひどい態度をとって怯えさせた。そう言いたいの? 誰かがそんなことをしたという証拠でもあるの?」
「でも」
 藤井さんは、弱々しく言いました。
「柳沢さんが怖がっていたのは事実です」
 ああ、と私は嘆息しました。
 藤井さん、もう負けたか。藤井さんだものな。
「誰がどうしたこうしたじゃなくて、チームの問題でしょう」
 杉内さんが仲裁するように言葉を挟みました。
「柳沢さんに関しては、そういう事実があったということ。今後、みんなで注意した方がいいでしょうね」
 カンファレンスは、そこまででした。いかにも中途半端。ただ、藤井さんは、私より勇気があったと思います。曖昧な形であれ、菊村さんや萩野さんに釘を刺したんです。
 それがいけなかったんでしょう。その後、菊村さんも萩野さんも、藤井さんをほぼ無視するようになりました。聞こえよがしな悪口もひどくなりました。
 藤井さんが、E病院を辞めると聞いたのは、それからほどなくでした。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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