よみもの・連載

本日はどうされました?

第六章 蓮沼佳澄(はすぬまかすみ)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 そういった経緯があってから、藤井さんが柳沢さんを殺したという書き込みや密告があったというんですよ。
 どこか、おかしいと思いませんか。
 ネックレスのときと、似ていますよね。いいえ、さらに悪質になって来ている気がします。
 自分とは異なる、受け入れがたい他人に対してなら、なにをしても許される。正義だとすら考えている。
 そんな人間が、この「事件」を起こしたんじゃないでしょうか。

 実は、私も、E病院を辞めるんです。
 さっきも少し言いましたけど、菊村さんとは完全に断交状態ですし、萩野さんとも変な感じですしね。藤井さんの噂(うわさ)もあって、何だか疲れて来てしまいました。
 私、後悔しているんです。
 柳沢さんのカンファレンスのとき、私は言うべきでした。
 いつも、菊村さんや萩野さんが、笑いながら話していることを、その場ではっきり問題にすべきだったんです。
 杉内さんのような建前、チームの問題で済ませてはいけなかった。いったい誰が、柳沢さんにどんな真似をしたか、証拠はなくとも、究明する努力をすべきだった。
 私がそれをしなかったのは、ことを荒立てたくなかったからです。正直に言えば、菊村さんや萩野さんとはっきり敵対するのが怖かったんです。
 今になってみれば、間違いだったとわかります。あの日、私が沈黙していたせいで、藤井さんはE病院を辞めざるを得ない空気になってしまったし、その後は「事件」の犯人にされてしまった。
 藤井さんには、申しわけない気持ちばかりです。
 沈黙したところで、同じでした。こうして、菊村さんとも萩野さんとも、けっきょくはうまくいかなくなっている。
 このあいだも、高齢の患者さんが亡くなったんです。このままE病院にいると、次は私があの患者さんを殺したという噂がインターネットで広まるかもしれない。警察に密告の手紙が届くかもしれない。そんな風に考えてしまうようになって、本気で怖くなってしまったんです。
 もう、看護師長には話をしてあります。次の病院? まだはっきりとは決めていないんです。
 少し休んでから、考えます。
 菊村さんや萩野さん、私がいなくなったらせいせいするでしょうね。でも、次に来た看護師さんにも、けっきょく同じような真似(まね)をするんじゃないでしょうか。彼女たちに染まらない限りは。

     *

 記者さん。
 実際、あなたはどう思います?

 あなたは、藤井さんがやったことだと、本当に思いますか?

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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