よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

 私は、あの子にとって、いい母親ではありませんでした。
 まなの父親とは、あの子が小学五年生のときに離婚しました。親権は、父親、つまり、もとの夫が持っています。私はひとりで家を出たのです。離婚を切り出したのは、私でした。私のわがままから別れるのだから、まなは置いて行けともとの夫には言われました。それで、そういうことになったんです。
 言いぶんはあります。私がわがままだというなら、もとの夫は思いやりが足りなすぎました。結婚する前は、物事を冷静に見極めて判断を下すことができる、頭のいい男性だと信じてしまっていたんです。が、一緒に暮らしてみると、違った。いったんこうと決めつけたら、そこから一歩も動かない。自分の尺度に合わない人間は愚か者で、理解したくないことは見ない。頭がいいわけではまったくなくて、話の通じない偏狭なひとでした。別れた相手のことを今さら、とは思いますが、どうしても悪口になってしまいます。まなにはすまないと思ってはいますが、あのままあのひとと暮らしていくことが、私には耐えられなかった。
 そんなもとの夫のもとに、まなを残していくことに不安はなかったか、と?
 もちろんありました。けれど、もとの夫とまなは、何と言えばいいのか、気質が合っていたんです。私とは違った。子育てに協力的とはお世辞にも言えませんでしたけど、まなが小さいころは日曜日に公園へ連れて行ってくれたりはしていましたし、可愛がってはいたように見えました。それに、私たちが住んでいた家のごく近所、歩いて十五分もかからない場所で姑(しゅうとめ)がひとり住まいをしていました。舅(しゅうと)、もとの夫の父親はずっと前に亡くなっていたんです。結婚後、私たち夫婦は建売りの一戸建てに住みました。もとの夫は長男でしたし、いずれは姑との同居が頭にあったのでしょう。実際、私が出て行ったあとで、姑はマンションを引き払って一緒に暮らすようになったのだと、まなから聞きました。
 離婚してから、二年ほどのちに、現在の夫と再婚をしました。だから、まなとは姓が違うわけです。
 ともかく、そんな経緯でしたから、まなとは長いあいだ会えなかったのです。会えたのは何年もしてからでした。まなが私を訪ねて来てくれたんです。家を出る前から働いていた職場は変わっていませんでしたから、そこに電話をくれまして、会いたいと言ってくれたんです。そのころ、まなはもう看護師になって働いていました。そう、今から七年、八年くらい前だったでしょうか。
 まなは、恨みごとはなにも言いませんでした。ただ、私に会って、自分のことを知って欲しかったのだと言いました。自分の身のまわりのことや、毎日のできごとを、いろいろ話したかったのだと。
「たまに会いに来て、話をしてもいい?」
 まなに言われて、それからときどき会って食事をしたりするようになりました。
 私は、今の家庭の話はなるべくしないようにしていましたが、ある日、まなに言われました。
「妹がいるんでしょう。妹に会いたい」
 現在の夫とのあいだにも、娘がひとりいるんです。まなにとっては、父親が違う妹ですね。紗良(さら)と言うんです。
「会ってみたい」
 当時、紗良は小学校に入ったばかりのころで、母親である私が以前も結婚していたなんて、もちろん知りません。迷いましたが、まなにせがまれて、会わせられないとは言えませんでした。それで、現在の夫とも話し合ったすえ、紗良とまなを会わせることにしたんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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