よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

「今まで話していなかったけど、紗良にはおねえちゃんがいるの」
 事情をどう説明したものか、考えはまとまっていませんでしたが、ひとまず切り出しました。
「ほんとう?」
 紗良は歓声を上げました。
「おねえちゃん、欲しかったの。嬉(うれ)しい」
 やったやったと飛び跳ねるばかりで、どうしておねえちゃんがいるのか、詳しい事情を知りたがらなかったのは、意外でもありほっとしたところでもあり。紗良はのんびりした子なんですよ。こまかいことは気にしない。まなが同じ年齢くらいのときだったら、そうはいかなかったでしょうね。まなは知りたがりでした。どうして。なぜ? 納得が行くまで食いついて来る子でしたから。
 十五、六歳も年齢が離れている姉のまなに、紗良はすぐになつきました。まなも、紗良を可愛がってくれているようでした。
 現在の夫とまなを会わせたことですか? ありません。その点については、まなからはっきり言われていました。
「悪いけど、ママの旦那さんには会いたくない。私には関係のない他人だもの」
 縁があるのは紗良まで、ということなんでしょうね。むろん、夫にはそこまでは話していません。

 そう、三年くらい前でしょうか。
「近いうち、結婚することになるかもしれない」
 まなが、そう言っていたんです。
「もし決まったら、彼に会ってね、ママ」
 まなは、嬉しそうでした。相手の男性は、患者さんだった方だそうです。職業は営業だとか。まなもとうとう結婚するのかと、私も喜んでいたんですが、それきり。その話はまなの口から二度と出ませんでした。
 どうなったんでしょう。うまく行かなくて、別れてしまったんでしょうか。まだおつき合いはしているけれど、結婚の話が思うように進まないのかもしれない。
 気にはなりますけれど、うるさく訊(たず)ねる気はありません。まなは子供ではない、大人の女性ですからね。
 紗良は中学生ですが、あの子にとってはうるさい母親だと思います。口答えばかりされていますしね。紗良とは男の子の話もするんです。このごろイシダくんとはどうなの? なんて、軽く訊けます。
「うるさいな、よけいなお世話だよ」
 ぴしゃりと返されますけどね。
 でも、まなにはそうした軽い感じで話はできません。私は、まなに遠慮をしているのでしょう。
 まなの父親と離婚をし、あの子にとっての家庭を壊す選択をしたのは、私なのです。後ろめたい気持ちは、ずっと抱えています。
 心からすまないと、まなには思っています。
 まなだって、内心では、私を許していない。そう思います。

 本当のことを言いますとね、私とまなは、うまく行っていないんです。一年半ほど前からあの子は私にほとんど連絡をくれなくなったんです。
 私とまなが喧嘩(けんか)をした? いえ、私ではなく、紗良とあの子との関係がおかしくなってしまって。
 いいえ、違いますね。問題は紗良とのことじゃなく、やはり私とのあいだにあるんです。
 ずっと昔、あの子が子供だったころから、私とまなは、どこか合わなかった。まなを可愛がろう、理解しようと努めても、どうしてもしっくり行かないところがあったんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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