よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

「来ないでよ」
 まなは心底、厭そうでした。ゆかりさんはけらけら笑っていました。
「将斗は怖いおねえさんの方が好きなんだ。うちの旦那似かな」
「女の子なんだから、あんまり乱暴な真似(まね)をさせないようにしないとね」
 姑は笑いません。ちくりと刺して来ます。
「そんなことないって、偏見だよ。あたし、子供のころはずいぶんクラスの男子をいじめていたよ」
 ゆかりさんがやんわりとりなしてくれるのが、救いでした。
「兄ちゃんだって、喧嘩ではよく泣かせていたよ。兄ちゃん、弱かったんだもの。噛みついてやればすぐに泣き出す」
「あんたはねえ」
 さすがに姑も苦笑いをします。
「でも、まなちゃんは駄目よ」
「しょうがないじゃないの。性格だよ」
 ゆかりさんは流してくれるのですが、私はひやひやしていました。帰り際、いつも姑は言うのです。
「まなの意地悪、直すようにしつけしないとね」

     *

 しつけ。
 私は、いったい、どうすればよかったのでしょうか。
 ぬいぐるみは大事にしなさい。将斗くんにひどいことを言ってはいけません。そう言い聞かせる以外、どんな方法があったでしょう?
 そのころ、こんなこともありました。まなを連れてスーパーマーケットへ行った帰り道です。私はベビーカーを押していました。買った品、キャベツや大根や牛乳パックなど重いものを座席に乗せて、まなは私の横を歩いていました。
「あ」
 まなが小さく叫ぶなり、歩道の端、山茶花(さざんか)の植え込みがあるあたりへ走っていきました。
「どうしたの」
 私もそちらへついて行って、息を呑(の)みました。
 猫の死骸があったのです。自動車に轢(ひ)かれでもしたのか、おなかのあたりがぐちゃぐちゃに裂けていました。もう躰(からだ)は硬直していて、血も黒ずんでいました。
「いけない、まな」
 私は悲鳴を上げました。まなは、猫に触ろうとしていたのです。
「そんなものに触っちゃいけない」
 まなは私の言葉を無視して、猫のおなかのあたりに手を伸ばしました。私はまなの背中に覆いかぶさるようにして止め、怒鳴りました。
「いけないって言っているでしょう」
 私の腕の中で、まなは身をよじらせて抵抗しました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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