よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

 まなは、保育園では、友だちができない子でした。
 保育園にお迎えに行っても、まなが誰かと仲良くお喋(しゃべ)りをしている様子はほとんどない。ひとりぼっちなんです。
 ときどき、言葉を交わしている子がいると、ほっとしました。
「今の子、お友だち?」
 けれど、まなの返事は、いつも素っ気ないものでした。
「違う」
「違うの?」
「あんなやつ、嫌い」
「どうして」
「きたない。このまえ、お教室でげろ吐いた」
 まなは、ほかの子たちを、けなして、見下すようなことばかり言うんです。
「そんな風に言わないの。お友だちでしょう」
「違う。嫌い」
「このあいだ一緒にいた、くみちゃんはどうなの」
「あの子、馬鹿だよ」
「馬鹿って言わない」
「どうして?」
「悪い言葉だから」
「じゃ、ごみ」
 まなはさらりと言いました。
「死んじゃえばいいのにね」
 深い意味はない。わざと悪い言葉を使っておもしろがっているだけなのだ。そう考えようとしても、感情が抑えられなくなることもありました。
「いい加減にしなさい、まな」
 強く咎(とが)めると、まなは黙ります。二人だけのときは。もとの夫がいる前では、違います。泣くのです。
「ごめんなさい」
 泣きじゃくりながら、謝るのです。
「子供の言葉に、そんなにむきにならなくてもいいだろう」
 もとの夫は、いかにも物わかりがいいような顔で、あいだに入って来ます。
「虐待みたいだ」
 そして、まなを慰めるんです。私は苛立(いらだ)ちました。
 まなは、泣いていません。泣いているふりをしているだけです。もとの夫の背に隠れて、まなはけろりとしています。頬には涙の痕もない。
 何だろう、この子は。
 私は背筋が寒くなりました。
 まなのことで相談をしても、もとの夫はいつだって耳を貸してくれない。考えすぎだ、のひと言で終了です。もとの夫の見ているところでは、まなは素直な子です。でも、それは演技なのです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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