よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

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 まなからお友だちの話を聞くことは多くありませんでした。それでも、四年生か五年生のころは、仲のいい子ができたようで、ときどき名前が出てきた覚えがあります。
 何という名前だったかしら?
 ただ、そのお友だちのことも、まなは決して良くは言わないんです。
「あの子、けっこう使えるから」
 物であるかのようなひどい表現をするんです。
「そんな言い方はやめなさい」
 注意をしましたが、まなはけろりとしていました。
 成長していくにつれ、まなはますます私の言いつけを聞かなくなっていったんです。

     *

 金魚のことで、まなと争いになったことがあります。
 まなは金魚の世話をよくしていました。けれど、ある日、見てしまったのです。まなは一匹の金魚を水槽から掬(すく)い出して、そのまま台所の流しに棄(す)てようとしたんです。
「なにをするの、生きているじゃないの」
「こいつ、きたないから」
 その一匹は、確かにほかの金魚より色が薄く、黒い斑点のようなものがありました。
「可哀想でしょう。あなたは金魚たちを可愛がっているんじゃないの」
「ほかのは可愛がっているよ。でも、こいつは要らない」
 まなは、ほとんど何の感情も見せずに、吐き棄てました。
「そんなひどいことをする人間に生きものを飼う資格なんてない」
 私の声は震えていたと思います。
「金魚を飼ってはいけません。お店にぜんぶ返しなさい」
 まなは黙って私の顔を見返していました。
「お店に返せないなら、先生に訊いてみて、学校へ寄付すればいい。わかったわね?」

     *

 もとの夫との離婚に至ったのは、まなには関係がありません。あくまで夫婦間の問題です。
 まなが小学校二、三年生のころから、私はよく吐き気に襲われるようになりました。ひと晩じゅう嘔吐(おうと)して、寝つくこともありました。病院で検査をしても、胃は荒れているけれど、とくに異常があるわけではないと言われました。食あたりの心当たりがないなら、ストレスが原因ではないか、と。
 おとうさんと別れることになったと告げたとき、まなは十一歳。難しい年ごろでしたけれど、冷静に受け止めてくれたと思います。
「おかあさんは、出ていかなければならないの」
 まなは言いました。
「一緒に行きたい」
 正直なところ、意外な気がしました。まなは、私よりもとの夫の方が好きだと思い込んでいたからです。
 意外で、そして、胸が痛みました。
「それはできないの」
「どうして?」
「まなはおとうさんのところにいた方がいいって、話し合って決めたの。おばあちゃんも近くにいてくれるしね」
 親権はもとの夫が持つ。それが離婚の条件でした。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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